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短編小説 「喫茶店」


梅雨のある午後、仕事帰りの私は、傘を持ってくるのを忘れたことを後悔していた。突然の雨に降られ、駅から自宅までの道のりがまるで冒険のように感じられた。空からは大粒の雨が降り注ぎ、道端の花壇はしっとりと濡れていた。

「こんな日に限って……」私はため息をつきながら、少しでも雨宿りできる場所を探して歩いていた。ふと視線の先に、小さな喫茶店が目に入った。「喫茶ブランコ」という古びた看板が、雨に濡れてもなお、懐かしさを感じさせた。

「ここにしよう……」私はその看板に引き寄せられるように扉を開けた。中に入ると、カランコロンというベルの音が響き、ほのかなコーヒーの香りが鼻をくすぐった。店内は薄暗く、木製のテーブルと椅子が古き良き時代を思い出させた。

「いらっしゃいませ」カウンターの奥から、穏やかな笑顔のマスターが声をかけてくれた。彼の顔を見て、私は一瞬、時間が止まったように感じた。

「久しぶりですね」マスターが言った。

「あ…はい。覚えてくれていたんですね」私は少し驚きながら答えた。高校生の頃、友達とよくこの喫茶店に来ていたことを思い出した。あの頃の私は、放課後に友達とコーヒーを飲みながら、未来の夢を語り合ったものだった。

「ずいぶん長いこと来てなかったけど、変わらずやっているんですね」私はカウンターに座りながら、昔と変わらない内装に目をやった。

「ええ、ここは変わらないですよ。お元気でしたか?」マスターは変わらず穏やかな表情で答えた。

「まあ、それなりに。仕事は忙しいけど、何とかやってます」私は苦笑しながら答えた。

「今日は雨がひどいですね。コーヒーでもどうですか?」マスターがメニューを渡してくれた。

「ありがとうございます。じゃあ、ブレンドコーヒーをお願いします」私はメニューを閉じて注文した。

しばらくすると、マスターは香ばしい匂いを漂わせるコーヒーカップをテーブルに置いてくれた。湯気が立ち上り、その香りに心が和む。「いただきます」と一言言って、私はコーヒーを一口飲んだ。深い苦味と優しい甘さが口の中に広がり、雨の音が心地よく感じられるようになった。

「やっぱり、ここのコーヒーはおいしいですね」私は心からそう思った。何年も経っても、この味は変わらない。懐かしさが胸に込み上げ、ふと昔の思い出が蘇った。

「ここで飲むと、いつも落ち着くんです。」私はマスターに向かって言った。「高校の時も、よく友達と来てました」

「覚えていますよ。あなたとお友達、楽しそうにおしゃべりしていましたね」マスターは目を細めて懐かしそうに答えた。

その時、ふと窓の外を見ると、雨が小降りになっていることに気づいた。灰色の空が少しずつ明るさを取り戻し、雲の隙間から陽の光が差し込んできた。

「雨、止みそうですね」私は立ち上がり、傘を持っているマスターに笑顔を向けた。

「ええ、気をつけて帰ってください。また、いつでもいらしてくださいね」マスターは微笑みながら、私に傘を手渡してくれた。

「ありがとうございます。また来ます」私は軽く会釈をして、喫茶店を後にした。外に出ると、雨上がりの空気が爽やかで、心も少し晴れやかになったように感じた。

雨上がりの午後、懐かしい場所と再会し、少しだけ過去の自分と向き合った。喫茶ブランコは、私にとっての心の拠り所であり続けるだろう。そんなことを思いながら、私はゆっくりと歩き出した。




時間を割いてくれてありがとうございました。

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