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短編小説 「タイムスリップ」



六月の昼下がり、蒸し暑さが増す中、会社の休憩室はわずかな涼を求める社員たちで賑わっていた。僕、ユウタは今日も例外なく、その涼しさを求めて休憩室へ向かっていた。

「また今日も仕事が山積みだな……」そう思いながら、冷たい飲み物を手に入れるため、自動販売機の前に立った。お馴染みのラインナップが並ぶその機械に、なぜか今日は異変が起きていることに気づいた。

「新しい飲み物か?」と疑問に思いながら、目を凝らすと見たことのないボタンが追加されていた。それには『タイムスリップドリンク』と書かれていた。

「何だこれ……」僕は興味本位でそのボタンを押した。機械音と共にコーラ缶に似たデザインの缶が出てきた。それを手に取ると、妙な感覚が手に伝わり、胸が高鳴った。

「本当に時間を戻せるのか?」半信半疑で缶を開け、ひと口飲んでみた。瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪み、意識が遠のくような感覚が襲った。

次に目を開けた時、僕は大学のキャンパスに立っていた。見覚えのある校舎、学生たちの賑わい。まるで昨日のことのように鮮明だった。「これ、本当に大学生の時だ……」僕は驚きと興奮で胸が高鳴った。

大学時代の僕は、30歳になった今の自分とは違い、未来に対する期待と不安でいっぱいだった。あの日の午後、僕は図書館で友人たちと試験勉強をしていた。雑談を交えながらの勉強は、何とも言えない充実感を与えてくれた。

「ユウタ、こっちの問題が分からないんだけど……」と、隣に座っていた友人が話しかけてきた。僕はその時の感覚を思い出しながら、彼の質問に答えた。

「ああ、それはこうやって解くんだよ」昔の自分の声が耳に心地よく響く。試験勉強の内容も鮮明に蘇ってきて、まるでその時間に戻ったかのようだった。

その後、仲間たちと大学の食堂で昼食をとり、笑い声が絶えない時間を過ごした。僕はふと、自分が過去に戻っていることを忘れ、ただその瞬間を楽しんでいた。

しかし、次第に現実に戻る時間が近づいていることを感じ始めた。仲間たちの笑顔や、大学の風景が少しずつぼやけていく。

「これでお別れか……」僕は心の中で呟いた。「また会おう、みんな……」そう思いながら目を閉じた。

再び目を開けると、会社の休憩室に戻っていた。手には空の缶が握られている。夢のような体験だったが、確かにあの瞬間をもう一度生きたのだ。

「不思議な体験だったな……」缶をじっと見つめながら、僕は現実に引き戻されたことを感じた。大学時代の思い出が鮮明に蘇り、少しだけ心が温かくなった気がした。

「さて、仕事に戻るか」僕はそう呟きながら立ち上がった。休憩室のドアを開けると、冷たい空気が背中を押し、再び仕事の現実に向かって歩き出した。





時間を割いてくれてありがとうございました。

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