見出し画像

短編小説 「2つの線路」


朝の薄明りがホームを照らす中、僕、ユウタは1両ワンマン列車の運転台に座っていた。外からは清々しい鳥のさえずりが聞こえ、遠くの山々のシルエットが微かに浮かび上がっている。新米の運転士として、土日のこのローカル線の運転が仕事。岐阜県美濃加茂市からさらに奥深く、緑豊かな山々の間を縫うように進む鉄道。何世代にも渡り、田舎と田舎を繋いできた歴史ある路線だ。

窓の外を流れる景色は、まるで時が止まったかのような静けさを感じさせる。そんな中、「なんでこんなところに都会の人が来るんだろう?」と不思議に思いながら、重い出発ベルを鳴らした。

数駅進むと、ホームに綺麗に着飾ったカップルの姿が。彼の洗練されたシャツとパンツと彼女の軽やかなワンピースは、都会の流行を感じさせる。彼らの身の回りの小物や、スマートフォンでのさりげないやり取りからして、この地域の住人ではないことは明白だった。

「こんな所に、都会から、何を求めてくるんだろう?」と窓の外の風景に目を落としながら、心の中でつぶやいた。

そして、さらに数駅先で、目に飛び込んできたのは、明るくカラフルな服を着た同じ年くらいの若者たち。彼らは首からペンダントのようにカメラを下げ、ホームでのびやかに笑い声を響かせていた。彼らは線路沿いの風景や、古びた駅舎、そしてワンマン列車を愛おしそうにシャッターを切っていた。

「ここって、そんな場所なの?それとも、伝説のモンスターを探しに来たのか?」ちょっとした皮肉を込めて窓の外を眺めた。

都会から離れ、長い時間をかけてこの田舎まで来て、さらには暑い中、エアコンの効きにくい列車に揺られる。僕にはそんな彼らの行動が理解できなかった。しかし、ある日、スマートフォンの画面に映し出されたSNSの投稿に、この路線が「時代を感じさせるローカル鉄道」として注目されているのを発見した。

多くの乗客たちが投稿する写真の数々や、彼らのコメントを読むうち、都会の人がこの鉄道や田舎の風景に感じる魅力や癒しを少しわかった気がした。

次の土日も同じく、早めに運転台に座った。慣れない機器やダイヤのチェックを終えた。そして、後方を確認するための小さな鏡を覗き込んだ。そこに映し出されたのは、家族連れやカップル、一人で旅を楽しむような乗客たちの姿だった。彼らの表情はどこか穏やかで、都会の喧騒を忘れてこの瞬間を心から楽しんでいるようだった。


「今日は、ほんの少し、ゆっくりと走らせよう。怒られるかもしれないけど…」




時間を割いてくれて、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?