見出し画像

短編小説 「ナニカが欲しい」


ウサギのリリーは、小さな青いリボンを耳に結びながら、庭の草むらを跳ね回っていた。夏の日差しが降り注ぎ、緑の葉が輝いている。「この夏、何が欲しいかな?」リリーは思いを巡らせながら、足元の花々に鼻を近づけて香りを楽しんでいた。

ネコのミカは、窓辺の陽だまりでくつろいでいた。彼女は尻尾をくるくると巻きながら、目を半開きにして庭を眺めていた。「私はこの夏、もっとたくさんのお昼寝スポットが欲しいわ」ミカは心の中でつぶやいた。柔らかな草の上や、涼しい木陰のベンチ、そういった場所が増えれば、彼女の夏は完璧になるだろう。

イヌのボブは、庭のフェンス沿いを駆け回っていた。彼の心の中には一つの願いがあった。「もっと大きな骨が欲しい!」ボブは思いを膨らませながら、フェンスの向こうに広がる世界を見つめていた。彼にとって、大きな骨は至福の象徴であり、この夏の最大の望みだった。

ヒトのアキラは、庭のベンチに座りながら、スマートフォンで天気予報をチェックしていた。「この夏、涼しい風が欲しいな」彼は思った。エアコンの効いた部屋も悪くないが、自然の風に包まれる感覚が何よりも心地よい。アキラは涼しい日が続くことを願いながら、庭の風鈴の音に耳を傾けていた。

カミのテンは、庭の木の上から皆を見下ろしていた。彼は不思議な力を持っており、何でも叶えられることを知っていた。「私が欲しいのは、もっと多くの信者だな」テンは思った。彼の力は信仰心から来るものであり、彼にとって信者は力の源だった。

アクマのクロは、庭の隅で不機嫌そうに腕を組んでいた。「俺が欲しいのは、もっと混沌だ」クロはつぶやいた。彼にとって混沌と破壊は生きがいであり、この夏も多くのトラブルを引き起こすことが彼の望みだった。

エンマのサキは、庭の池のほとりに立っていた。彼女は魂を裁く存在であり、その職務に誇りを持っていた。「私が欲しいのは、もっと多くの公平な裁きだ」サキは静かに思った。彼女の願いは、すべての魂が公平に裁かれることであり、そのための力を欲していた。

そして、ナニカ。ナニカは庭の真ん中で佇んでいた。青空の下、木々の葉が風に揺れ、花々が咲き誇るその場所で、彼は孤独に立ち尽くしていた。ナニカの体は透明に近く、どこか儚げで、まるでこの世界に存在しているのかどうかもわからないようだった。

「僕は一体何が欲しいんだろう?」ナニカは自問自答した。彼は自分の存在理由も欲しいものもわからなかった。ウサギやネコ、イヌ、ヒト、カミ、アクマ、エンマのように明確な願いがないことが、彼をさらに不安にさせた。

ナニカだけはまだ自分の願いを見つけることができなかった。彼は庭の中心に立ち尽くし、青空を見上げた。青空に浮かぶ雲は形を変えながらゆっくりと流れていく。ナニカの心にも、同じように変わりゆく不確かな思いが渦巻いていた。

「僕もいつか、自分の欲しいものが見つかるのかな」ナニカは心の中でつぶやいた。その声は風に乗ってどこか遠くへと消えていったが、答えは返ってこなかった。

日差しが暖かくナニカの体を包み込み、彼はふと周囲の自然に目を向けた。鳥のさえずり、木々のざわめき、草花の香りが彼を取り囲んでいた。それはまるで、自然そのものが彼を優しく励ましているかのようだった。

ナニカはゆっくりと歩き出し、庭の中を探索し始めた。彼は自分の存在理由や欲しいものを見つけるために、まずは周りの世界ともっと深く繋がろうと決意した。木の幹に触れ、花の香りを吸い込み、風に耳を傾けた。

そうしているうちに、ナニカは少しずつ自分の心の中に何かが芽生えてくるのを感じた。それはまだ形にはなっていなかったが、確かな存在感を持ち始めていた。庭の自然が彼に何かを教えようとしているのかもしれない。ナニカはそのことに気づき、心の中でそっと微笑んだ。

そしてそのまま、夏の日差しの中で、ナニカは自分の居場所を見つけようと、静かにその答えを探し続けた。風が彼の周りを優しく吹き抜け、青空の下でナニカは一歩一歩、自分の道を進んでいった。





時間を割いてくれてありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?