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【夢日記】バーのつまみ

狭いバーにいる。

こぢんまりとしているが雰囲気のあるバーで、ぼくはテーブル席に座っている。壁にはマスターの趣味なのか、釣りの道具が掛かっている。ぼくのとなりには、小学校五、六年生、否、中学生くらいだろうか、やけに色の白い痩せた女の子が座っている。どうしてこんなところに子どもがいるのか呑み込めなかったが、とにかくそこにちゃんと座っている。

店内にはほかにも団体で来ている数名の男性客がいた。若いころにバンドをやっていたとかで、ボーカルの男性の誕生会のようだ。人の好さそうなマスターがちょっと申し訳なさそうな顔をして、「お客さん、すみませんね。うちの常連さんたちなんですが、むかしみたいに何曲か歌わせてやってください」と云い、頭をちょこんと下げる。ぼくも、そして女の子も、軽く頭を下げる。向こう側では男たちがこれまた人の好さそうな笑顔で頭を下げている。

やがて男たちは機嫌よく歌い出した。何とか云うむかしのバンドの曲だった。ぼくがあれをよく聴いていたのは、中学生くらいのころだったかしらん。近所の看板屋の次男坊だった、ギターの巧い友人がよく弾いていた曲だ。切ない歌詞とともに、あの時分に惚れていた子の顔を思い出し、何だか気恥ずかしくなった。ときにあの男たちはただ好きな歌を歌っている、と云うよりも、まさにあのバンドのメンバーたちそのひとなのではないか。時間の経過によって、顔に深い皺が刻まれてはいるけれども。

マア好い。
ぼくは気分よく酒を飲んだ。

いつも飲むような酒ではなく、どういうわけか、あまり飲みつけないウイスキーを。スモーキーな香気が鼻を抜けていくのを楽しみながら、舐めるように少しずつ琥珀色のうつくしい酒を飲んだ。

つまみを食べたい。

白い洒落たプレートにつまみが乗っているのだが、それは、異様な品物だった。それは、手のひらに載せてちょうど良いくらいの大ぶりなカエルである。緑色、黒くてつやつやした目をしていた。ずいぶんと大きいが、アマガエルの仲間なのだろうか。

ぼくはそれに手を伸ばした。

皿の上のカエルはぴょんと少し飛んでぼくの手から逃れようとする。不意に、女の子が真顔で私の方を見ながら、「駄目」と云った。

ぼくはかまわずに手を伸ばす。今度こそ捕まえた。ひやっとしていて、それでいて湿り気がある。それは、ぼくを制止しようとしてぼくの片手の上に置かれている女の子の手とまさに同じ感触だった。

手に取ってしげしげと見つめると、カエルの足や腹に砂粒がついている。ぼくは砂粒を落とすのにカエルを少し振ってから、おもむろに口に運んだ。

……。

居間のソファで目を覚ますと、ずいぶんと気分が悪かった。カエルのひやりとした感触がべたべたと口内に残り、おまけにざらざらと粉っぽいような感じさえした。ぼくは跳ね起きると冷蔵庫に向かい、けっこうな勢いで冷たい麦茶を流し込んだ。

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