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【感想5】人間椅子

江戸川乱歩(2008、角川ホラー文庫)『人間椅子』を読了。「読了」というよりも以前も読んだことがあるので「再読」というべきなのでしょうけれども、書店で見た表紙が綺麗だったので衝動買いして一気に読んでしまいました。

人間椅子

背表紙のことばを借りれば、そのあらすじは大体以下のようなものです。

貧しい椅子職人は、世にも醜い容貌のせいで、常に孤独だった。惨めな日々の中で思いつめた男は、納品前の大きな肘掛椅子の中に身を潜める。その椅子は、若く美しい夫人の住む立派な屋敷に運び込まれ……。椅子の皮一枚を隔てた、女体の感触に溺れる男の偏執的な愛を描く表題作、云々。

実に変態的ではありますまいか。

男は夫人の魅惑的な肉体の感触に耽溺していきますが、夫人にとって「椅子」でしかない彼には、決して直接に夫人に触れることは叶いません。「椅子」としてじっと息を潜めて、密かに皮一枚を隔てた感触を愛でるしかない。叶うことのない奇妙な恋慕に身を焦がしながらも、彼は果たして一個の肘掛椅子であるしかない。

それでも、彼は一通の手紙をしたためて自身の犯してきた「世にも不思議な罪悪」を夫人に告白してしまう。そうして、醜い容貌を自覚しながらも「たった一度」その自分に逢ってほしいと懇願してしまう。

それは、きっと彼の身に破局をもたらす選択でした。
でも、彼は夫人に云わずにおられなかった。

手紙を読み終わり、恐怖にうろたえる夫人のもとにもう一通の手紙が届きます。そこには人間椅子の話が、「拙い創作」であったことが白状されてあり、さる官僚の夫人でありながら作家でもある彼女に原稿を送った手紙の主が「御批評」を乞うための原稿であった、という一応のオチがついてはいます。

けれども、果たして、それは本当だったのでしょうか。

皮張り肘掛椅子の形をした、あの歪んだ情愛を一笑に付することで、男が自らの変態性欲を隠蔽しているだけではなかったでしょうか。作中に書かれていたような、ひとひとりが潜伏できるだけの細工が実際に椅子に施されていなかったのかどうか、結局のところ乱歩は明らかにしないまま筆をおきます。その後味の悪さが何とも。

乱歩の作品をすべて読んだことがある訳ではありませんが、私にとってはお気に入りの逸品です。あまりにも好きなので買ってしまった乱歩作品の仏語訳の本にも 《 chaise humaine 》として収録されています。

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