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【雑記】永遠回帰

「あたしたち、また会えるかしら」

どうしてあなたは急にこんなことを云いだしたのだろう。吉祥寺のいつものカフェ、二階の席。いつものカフェラテを飲みながら、ぼくのとなりに座っていた五歳年上のうつくしいあなたは、まだ二十歳のぼくの右手に自分の手のひらを重ねて急にこんなことを云いだしたのだった。

「こんなお話を読んだの。宇宙ができてから、いままでずっと過去から未来に時間は進んでいるけれど、この宇宙にもそのうちに終わりが来るんですって。きっとあたしたちが死んじゃった後の、あたしたちがお互いのことがもうわからなくなってからの、気の遠くなるような、遠い、遠い、未来のこと…」

ぼくは卓子に載っているカフェラテを一口だけ飲んで、黙ってあなたの云うことを聞いていた。どうしてか、その日は妙に熱っぽく話すあなたの頬が、いつもより少し赤かった気がする。

「大きな爆発から始まって、ずうっと拡がってきた宇宙にもお仕舞いのときが来てね、そのときには宇宙は拡がるのをやめて、今度は逆に縮んでいくんですって。そのときには、時間はどうなるんだと思う?」

ぼくは何とも答えられなかった。

莫迦なぼくは、こころなし潤んだあなたの両の瞳がただとてもきれいだと思っていた。ふと小首を傾げたときに、あなたの凛々しいショートボブの髪はさらさらと流れてあなたの片目にかかり、ふわりとやさしい香水の匂いがした。

「時間が、巻き戻るんですって。私たちが死んじゃって、もう会えなくなっても、ずうっとずうっと未来に宇宙が終わったら、時間が巻き戻るの。あたしたち、またこうして一瞬だけ会うことができるんですって。ねえ、そういうのって、素敵だと思わない?」

「…おれは、あなたを離さない」

あなたはちょっと寂しそうにふふっと笑って、「そうね」と云った。

冬の夜空にまたたく綺羅星のようにうつくしいあなたを易々と手放してしまったぼくは、あなたとはちがうひととのあいだに生まれた二児を育てる中年の親爺になった。あなたはいまどうしているのだろう。

ぼくはあなたに、那由他の星霜のかなたに、本当に再会できるのか。会ってもいいのだろうか。

ニーチェの『ツァラトゥストラ』を読み返していたら、何だかふと思い出してしまった。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。