詩【閑静なスラム】

閑静なスラムの駅
通勤通学の皆様とともに
行かねばならぬ駅という渡し

外様には慣れ親しんだとは言い難い町
はたからみていれば比較的小綺麗な町
そういった評判に頭を抱える私

駅周りで行き帰りに敢えて素通りをする
いくつもの事象に事柄がある

その組成を知らなければ
美しく映るものも多く例えば

真っ黒なコンクリートキャンバス
息苦しい車から垂らされた油の跡
虹色の極彩色と雨に溶けた冬
差し迫る凍えと寒暖差
またはぐれる肌感覚

その組成を知らなければ
美しく映るものも多く例えば

血を流した何かがおそらく
引き摺られた跡と思われるもの
滲んだ点字ブロックと直線の規則性

一方

今度はまた駅前に
等間隔に離れ立つ3人の男たちの話
それぞれの男の頭の中で片隅に残る
いやはや残っていて欲しいと思う事柄
ほんの僅かの恥じらいという人心が
生み出した冬の星座のような象徴

ひとたび奴らを点と線で繋げれば
干上がった三角州のような
捨てられた大三角形を象る各頂点で
後ろめたく吸われた煙草の灰とフィルター
満たされる肺と願いと地面という灰皿

それなりの物事が溢れ湧く土地柄で
行きに見たゴミはもちろん
人々の帰りまでにそこをどかずに
幾多の道を無意識に塞いでは
永遠の旅路その半券を得て
海底のゴミと同じく天からの救いを待つ

まだまだある
まだある
それは帰りのこと
何時間も何時間も経った
多くの人が行き来した後のこと

「ロータリー」と言えばそうだろうと
そんなものだろうというような
小ぶりでオーバルな駅前も夜になり
現れるは不可思議なピンク色の車

日が終わる間際に売られているクレープ
甘い匂いは場違いな空気として漂い
色濃く夜の欲求を刺激しては滞留する

誰がこんなものに
興味や関心を持つものかと思いきや
複数の人波がそこかしこと列をなし
連結する違和感とピンク色の車体

翻って私は素通りすることを許された
素通りすることを許された
まだ許されている
幸いなことに
まだ慣れ親しんだとは言い難い

そして夜を働いて家に帰れた

忘れていた冷凍庫の中のアイスが
凍りついた上にさらに凍りついていた
それは搦手を攻めあぐねる人の道で
投降した兵士たちの姿によく似ていた

腹をすかし頬張ったアイスの中
不覚にもあの甘い匂いを探した
そんな自分がいた

その罰としてか
そもそもの深い罪か

凍りついたアイスに引っ付いた
舌の皮は同化することを拒否していて
剥がされた薄いそれは赤く染まる

ここまで冷やさなくてもよかった
ここまで凍りつかなくともよかった

保たれた心の拠り所だったはずなのに
滲む味は鉄風を思わせて
明日の朝までをも支配していく

まだ慣れ親しんだとは言い難い
慣れ親しんだとは言い難い
言い難い
慣れ親しんだはずのアイスの味
滲む味は鉄風
舌の中で吹き荒れるうちは
慣れ親しんだとは言い難い
そのうちに穏やかな日々が
凪のように訪れたのなら
その日々はより美しく映るのだろう


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