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出目金

 こんな夢を見た。

 海沿いを走る列車に乗って着いた街は水没していた。何台もの自動車の屋根が、水面にぷかぷかと浮かんで揺れている様子を駅のホームから眺める。わたしはどこへ向かうべきなのか。気が付くと、ピエロのようにカラフルな帽子をかぶった案内人に狭い部屋に通され、専用のロッカーをあてがわれていた。ロッカーの扉は朱色。手ぶらのわたしは何を入れるべきなのか。振り向いて見回すと、部屋の壁は卵の黄身色、壁はロッカーと同じ朱色で、部屋全体に体温のようにほのかなぬくもりがある。誰かがいるようで誰もいない。ロッカーを開けてみる。ロッカーの内部はごく普通で、空っぽだった。

 心もとない気持ちを存分に味わわされていると、いつしかどこかの家の屋根の上にいた。屋根の色も朱色だ。下をのぞけば濁った水がとぐろを巻く。渦に呑まれた何台もの自動車の屋根がぐるぐる回転している。水位が上がってきたら困るなと思った途端、みるみる透明な水にのみこまれたけれど、反転するように水の外にいて、大きな水槽と、その中で泳ぐ朱色の金魚たちを見下ろしていた。ああそうか、かつてわたしは金魚だったと思い出す。

 朱色の金魚たちに交じって黒い出目金が一匹いたので、掌ですくいとって歩き出した。夜の闇の中、シャッターのおりた店舗が延々と長くのびている。大きな交差点にさしかかり、赤信号で立ち止まる。出目金は掌でじっとしている。死んではいない。ほつほつと呼吸をしている。車は一台も通らないが、信号が青になるまでじっと待つ。たどりつく先はすでに見えている。
交差点を渡って進んだ細い道路の端にある、一軒の店舗だ。3枚のシャッターのうち2枚は固く閉じているが、1枚が半分ほど開けてあり、卵の黄身色の明かりがもれている。屋根は朱色だとわたしは知っている。

 信号はなかなか青に変わらない。車は通らない。赤信号を無視して渡るべきだろうか。半分開いたシャッターの中に、わたしは帰るべきなのだろうか。赤信号は青くならない。出目金はほつほつとおとなしい。

★★★

 以上、実際に見た夢の話。ご存じ夏目漱石の『夢十夜』の、こちらの本を古書店でたまたま入手して感激。書いてみたくなりました。

 子どもの頃から詳細な夢ばかりみます。特に生まれ育った家(米屋)を含むひなびた商店街近辺の様子と水難系はしょっちゅう出てきます。トラウマかもしれない。最近またえらく詳細で記憶に残る夢ばかり見るようになりました。何か色々なものが身体の中にたまっている感覚です。出したい。出さねば。

 今回の夢を見たのもざっくり書いたのも、約2年前です。末尾に記された日付を見てびっくりした。2019年6月6日。そしてきっちり日付を書いていた律儀なわたし。。。

 

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