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生きているあいだにアイスクリームを何個食べられるか

アイスクリームが大好き、だが、お腹が弱い。
最近のハウツー本には「人類は何億年と生きのびてきたが、時代が急速に近代化したのはその歴史の中のほんの少し。だから、飢餓に備えた体質では現代の食事から摂れる豊富な脂肪分が処理しきれずに当然肥満になるし、夜の明るさにも慣れていないから睡眠障害やひいては精神の病を患って当たり前」という論調がとても多い気がする。これ自体はミヒャエル・エンデ『モモ』に出てくる、観光客に街を案内しては、あることないこと真しやかに語るデタラメ歴史家(兼)観光ガイドのジジと、どっちが正直者だろうくらいの話(だって、遠い過去の時代のことは確認のしようがない)。一方でスマホは、人々が延々といじり続けるよう、太古からの人間の習性を逆手に取った設計がされている、なんて話もある。
それはそうとして、これをお腹の弱さに当てはめると、そりゃアイスクリームの機械がある時代なんて人類の歴史のほんの少しだろうから、人間のお腹は自然界にない冷たい食べ物に弱くて当然だ、とも思える。

アイスクリームを健康的においしく食べるにはコツがいる。
まず食事は、朝昼晩きちんと栄養バランスよく食べること。アイスクリーム以外の冷たいものは極力口にしない。暑い夏でも、ホットか常温の飲み物にすること。規則正しい十分な睡眠をとること。お風呂は毎日湯船に浸かって、体温を高く保つこと。適度な有酸素運動と、筋トレを怠らないこと。アイスクリームは一度にたくさん買い置きして、お店への往復の時間を節約してその分健康管理に努めること。夜遅くアイスクリームを食べることは避けること。そのためにも残業はなるべく避け、就業時刻になったらだらだらせずさっと帰ること。帰った後もSNSをだらだら見るようなことはせず、次の週末に食べにいく旅行地のアイスクリームを検索すること。
どんな瞬間も、来たるべきアイスクリーム・タイムへ向けて全力で準備に勤しむことーー

こうして、アイスクリーム以外の万事を整えることで、お腹をこわさず美味しく楽しく食べられるアイスクリームが1つ、また1つ増えるのである。

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私は、上記の例のようなアイスクリーム原理主義ではないので(お腹は弱いけど)、適度な量を、食べたいときに、気まぐれに、時々味わうだけだが、アイスクリームに人生を捧げている人というのは、こんな感じなんだろうなあと思う。
アイスクリームが死ぬほど好きな人にとって、人生のうちで何個のアイスクリームに出会えるかは死活問題、というよりも、アイスクリームへの全力投球以外にすることがないのではないだろうか。

人生のうちで、何個のアイスクリームを食べるか。
自分ごとで考えるなら、人生のうちで良い温泉旅館に何度泊まれるか、とか、良いビールを何本飲めるか、とか、大切な人と過ごすひとときを何時間経験できるか、とか…
何度、全力投球の良い仕事ができるか、とか…
何度、これは自分らしい!と思えるような文章が書けるか、とか…

人生の時間は、限られているとわかっているくせに、生きている人はみな死んだことがないので、頭ではわかっているけれど実感としては知らない、という状態で止まっている。
時間が限られていることを知ってはいても理解はしていないので、実感として持っているのは「この少しずつ歳を重ねる日々が、ずっと続くのだろう、なんとなく」という感覚である。
「なんとなくずっと続く」と思っているさなかに、良い温泉地や、いいビールのことを新しく聞き齧ったりして、行ってみたいなあ、飲んでみたいなあ、と思ったとしても、即座に行動する人は少ない。理由は、目の前にあるなんとなくやりたいこと(近場で外食することや、SNSを見ること)や、なんとなくしなければならないこと(付き合いで飲み会に行くことや、知識として持っていたい内容の本を読むこと)があるから。

「時間があったらやろう」と思って先延ばしにする。それで、食べようと思えば食べられたであろうアイスクリームを1個、今日も食べられなくする。つまり自分で自分に、食べられないように働きかけているのである。

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もちろん私も、人生の時間がなんとなくずっと続くと信じている派なので、今日はそこそこの生き方をして、アイスクリームは1個だけにしている。これがアイスクリーム原理主義者だったら、発熱発汗を促す激ホットジンジャーティーを淹れながらアイスクリームを3個楽しんで、お風呂にも3回入る、くらいの気合いなのだろう。

けど、人生の時間が永遠でないことに気づくかどうかって、死んだことがあるかどうかで決まるのではないように思う。BLUE GIANTの宮本大は、高校の頃から、生きている時間のすべてをサックスに捧げている。その生き方が潔くて格好いいのだが、「人生の時間が永遠でないと知っている」というよりも「時間がだらだら続く」という時間感覚の中に一度も入ったことのない人生、みたいな感じで彼は生きているのだ。

そう、「時間感覚」。
自分が「なんとなく生きてしまっているなあ」「だらだらしているなあ」と思って落胆することがあるけど、そんな必要なかった。人生そのものがだらだらしているのではなくて、そう感じた時の時間感覚がだらだらしているだけなのだ。
今この瞬間に、シュッと立ってお店にアイスクリームを買いに走って、お腹が弱いのにも関わらずその3個を今日中に食べきるつもりで全力で生きれば、できないことはないし、だらだらしている暇もない。

アイスクリームを食べる場合もそうだし、全国の温泉を制覇する時も、世界中のビールを総なめにする時も、人生で出会ってきた大切な人全員に会いに行くと決めた時も、全力投球の良い仕事を成そうとする時も、自分らしい言葉と表現で自分らしい思考を文章で表現するときも、
なんとなくしたい事や、なんとなくしなければならない事を全部ごめんね省略して、高速で情熱的な時間感覚の中で生きると、本当にやりたい事が少しずつ形を成していくのだという気がした。

「けど疲れちゃったんだも〜ん」とソファにごろんとなってスマホをいじるくらいだったら、さっさと寝る用意して一秒でも長く睡眠を摂ること。これがいちばん。

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参考文献
ミヒャエル・エンデ『モモ』
石塚真一『BLUE GIANT』

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yukiota様
素敵なアイスクリームの写真をアップしていただき、ありがとうございます。


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