雨が炎に変わる時
狭い建物だった。蒸し暑い空気の中、人が通るたびに体を避ける。
通りにくい部屋、湿気を含む暑さになんとなく落ち着かない。
外は大雨。バケツをひっくり返した、では済まされないくらいの雨が容赦なく降り注ぐ。
雨の矢が地面に容赦なく突き刺さるような嫌な音が、建物の中に居ても聴こえてくる。
ざわっと周りの人からの異様な雰囲気が発せられたのと同時に、急に室温が上がったのを感じて、慌てて窓の外をのぞき込む。
すると、大量の矢のように降り注ぐ雨が、地面近くで炎に変わっていくのが見えた。
もともと異常な状況なのに、さらに火が加わるなんて。
一層、建物の中に緊張感が走る。
近くに座ろうとした女性に慌てて声をかける。
『大雨が炎に変わっています。窓のそばは熱風でやけどするから離れましょう!』
女性はお辞儀をして中央に座りなおしに行った。
ふと顔を上げると、今度はスーツをピシッと着た男性が私の前に立っていた。
先ほどの女性の旦那様だ。
私に向かって『では、仕事に行ってきます』と会釈し、当然のように玄関へ向かう。
外は大雨。そして炎の海。
だけど彼はそんなことは氣にしていない。
その中に飛び込むのが普通のことのように。
私もその背中を止めることは出来なかった。どうしても声が出なかった。
彼には私の言葉は聴こえないとわかっているから。何を言っても伝わらないから。
ふと先ほどの女性を振り返る。あなたの旦那様、行ってしまいますよ。
女性もそのことは承知しているように、玄関から目をそらすのが見えた。
誰も、この建物を出ていくことを止めないのだ。
他にも数人、彼に続くように出ていく人が見えた。
*****
《この建物に残るのか、出ていくのか。これで道が分かれてしまう。どの世界へ進むのかはだれも止められないのだ。》
そう聴こえたのは、夢の中だったか、目が覚めてからだったのか。
外では雷が鳴り響いていた、夜更けの夢だった。
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