【子ども】九九から数列へ⑥マースの冒険~終幕~
幼い頃に病気で母を亡くしたマース。10歳の誕生日、自分と祖父を置いて冒険に出た父を探す旅に出た。
今回紹介するのは、4・5年生に実際に語った冬から春のお話。伏線もあるので、ぜひ序章から続けてどうぞ。
(1回目のお話はこちら→マースの冒険~序章~)
(2回目のお話はこちら→マースの冒険~上陸編~)
(3回目のお話はこちら→マースの冒険~魔法の竜編~)
(4回目のお話はこちら→マースの冒険~雪山編~)
お話自体が持つ意志
彼らに伝えたいメッセージをふんだんに織り込むと、子どもたちの反応はとても豊かだ。前回までのお話を思い出す時間に伏線の部分を確認しておくので、語っている最中にも
「あ、あのときの!」
「やっぱり!」
と小さく叫んだり、顔を見合わせてうなずいたり。そんな反応を受け取った私はお話に熱が入り、お話は思わぬ展開に。準備していったものとは全く違う方向に進んでいったときには、もう自分の手には追えなくなるのではないかとドキドキした。お話自体が生きていて、意志を持って動き出すなんて。「キャラクターが勝手に動く」って、漫画家さんの話なんかで聞いたことはあったけれど、まさか本当だったとは。
最後に、描いたはずの絵が消えるという不思議な出来事を起こして(詳しくはこちら→コラム「黒板絵はこうやって描いています」)、物語は幕を閉じた。
父と再会
マースと竜は、しばらく立ち尽くしていました。さっきまで確かに、ここに山小屋があったはずなのです。凍える寸前だった二人を、白い女の人が助けてくれたのです。でも、今となっては、そこにあるのは雪、雪、雪。
マースは、いつもの夕焼け色の布包みを背中にかつぐと、
「さあ、出発しよう。すばらしい景色を、まだまだたくさん見るんだ」
と大きな声で、言いました。竜は、その言葉に賛成するように、羽根をバサバサと動かしました。
「ちょっと待って!その羽根・・・」
マースは目を丸くして、竜の顔と羽根を交互に見ました。あんなにボロボロに破れていた羽根が、元通りになっています。おそるおそる触れてみると、確かに、硬く太い骨から伸びた細くてしなやかな軟骨に、つややかな紫色の皮膜が張られていました。試しに根元から引っ張ってみると、竜は顔をしかめて苦しそうに体をひねり、羽根をさっきよりも強くバサバサと動かしました。それで起きた風で粉雪が舞い上がり、竜の身体が宙に浮きました。
「ごめん、本物かどうか確かめようと思ったんだよ。でも、そうやって飛べるんだもの。本物なんだね」
竜は大きくうなずくと、マースの方に背中を向けました。マースは竜の背中に飛び乗ると、力強く叫びました。
「目指すは頂上だ!」
竜は粉雪を舞い上げ、空高く飛び立ちました。お日様の光が雪に当たって、きらきらとまぶしいほどに輝いています。
山小屋のあった場所から頂上は、それほど離れてはいませんでした。ゆっくりと降り立つと、そこには大きな岩が横たわり、岩の表面には何か文字がかかれていました。マースは字を読むことができませんでしたが、おそらく「山頂」とかかれているのだろうと思いました。
「てっぺんの証だよ」
マースと竜は、岩を優しくなでました。と、そのとき、岩の陰に何か置いてあるのを見つけました。覗き込むと、それは分厚いスケッチブックと色鉛筆でした。開かれたページには、頂上から見下ろした景色が描かれていました。遠くの方に、あの不思議な屋根の家々、羊飼いたちがいた草原、先のとがった木がたくさん生えている森・・・そんな目の前に広がる景色を、そのまま切り取ったような。次のページには、朝、マースが見てきた朝日が描かれていました。次のページには、見覚えのある山小屋。山小屋にあった、黒い薪ストーブ。その次のページをめくると、あの白い女の人が描かれていました。今にも消え入りそうな細い線で・・・
「いい女だろ」
マースの後ろで、太くて低い声がしました。
「それ、俺の奥さんなんだ。病気で亡くなる少し前に描いたものだ。」
それから、こう続けました。
「あれからもうずいぶんになる。大きくなったな、マース」
マースの胸が今までにないほど高鳴りました。どうして?どうして僕の名前を知っている?
振り返ると、背が高く体つきのがっしりしたひげもじゃの大男が立っていました。大男はたわしのようなひげをなでながら、白い歯を見せてにかっと笑いました。
「どうした、その顔は。無理もないか、お前がまだ赤ん坊のころに別れたのだからな」
マースの頭の中に、ぐちゃぐちゃに絡まった毛糸が思い浮かびました。
この人が僕のお父さん?この絵の女の人がこの人の奥さん?
「詳しい話は、後だ。これだけ天気がいいとなると、そろそろ雪が崩れて雪崩になるぞ。山を下りよう。お前の相棒に乗せてもらおうか」
ひげもじゃの大男はそう言いながら、もう竜の背中に乗っていました。こんな図々しいおじさんが、僕のお父さん?
マースが何が何だかわからない、というように肩をすくめると、大男はマースをひょいと抱え、自分の前に座らせました。
「さあ、九九の船の置いてある海岸まで、ひとっとびだ」
竜は一声鳴くと、バサバサと羽根を動かしました。マースは、一瞬むっとした表情をしましたが、すぐに大男の腕の中の守られた空間が心地よくなりました。
「なんだか、懐かしい匂いがする・・・」
この人が僕のお父さん?もう一度、心の中で問いかけてみたものの、答えは出ません。ただ、身体はとても落ち着いていて、ここが自分の居場所だというような気持ちはだんだん強くなってくるのでした。
マースと大男を乗せた竜は、町はずれにあるお店の前に降りました。九九の島に着いた日に泊めてもらった、あのお店です。
「まさかお前と一緒にここへ来るとはな」
そう言いながら、大男はポケットから鍵を出し、扉を開けました。
「よし開いたぞ。まあ、入れ」
(どうしてこの人が鍵を持っているんだ?)
マースが目を丸くしてじっと鍵を見つめていると、
「ここは、俺が旅先で見つけてきた珍しいものや不思議なものを保管している家なんだ。」
そう言いながら、大男は家の中へと入っていきました。
「住んでいたのは、お前が生まれるずっと前だ。そのころは、お前の母さんもまだ元気だったよ。2人でこの窓から小鳥にパンをあげたりして。今はもう誰も住んでいないが、あいつとの思い出が詰まった家だからな。こうして、ときどき帰ってくることにしている」
大男が窓を開けると、古くてほこりっぽい家に新しい風が入ってきました。窓から空を見上げる横顔を見ていると、とても嘘をついているようには思えません。
マースは、ぽつりぽつりと小さな声で、この家に泊めてくれたおばあさんの話をし始めました。この島に着いた日、行くところがなくて困っているマースを泊めてくれた優しいおばあさん。温かいスープを作ってくれたこと。旅に必要なものを持たせてくれたこと。どこか懐かしい感じが、山小屋で出会った女性と似ていたこと。そして、山小屋の女性は、大男が描いた絵の女性にそっくりだということ―――。
大男はじっとマースの目を見て聞いていました。そして、ゆっくりうなずくと、右手であごのひげを撫でました。
「不思議なこともあるもんだな・・・」
開いた窓から風が吹き込み、数字の書かれた方眼紙が2人の前に落ちました。
「今、俺が追いかけている謎はこれだ。カモメが落としていったものだ」
大男は紙を重ねて折ると胸ポケットにしまい、
「俺はこの島を出て大陸を目指す」
と言うと、大きな荷物をひょいと肩に担ぎました。
「鍵はポストにでも入れておいてくれ。なあに、誰もこんなところに泥棒には入らないさ。お前も元気でな」
くるりと背中を向けると、大男は去っていきました。マースはその背中に向かって小さく呟きました。
「父さん・・・」
そんなマースの隣には、優しく寄り添うように竜が立っていました。
鍵の謎を解く
(↑ 中央上部の黒い部分には、本当は竜に乗ったマースを描いていた。当日、子どもたちの前でカバーを外してびっくり。マースがいない!!運んでくれた子の身体が黒板に当たってこすれ、消えてしまったのだとは思うけれど、狙ったようにマースと竜だけがこすれて消える?今でも信じられない本当の話)
マースは、また旅に出て行ったお父さんの背中を見送った後、しばらくぼんやりと突っ立っていました。あんなに会いたかったお父さんは、ふいに現れてまた去っていきました。本当は、もっと話を聞きたくて、一緒にいたかったはずなのです。マースは、胸のあたりがきゅっと苦しくなるのを感じました。
マースは家の中をゆっくりと歩いてみました。床がギシギシと音を立てました。ちょっとほこりっぽい部屋の中に、窓からお日様の光が差し込んでいます。
(そういえば、あの紙・・・)
マースは、ポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出しました。方眼紙に数字が書き込まれたもの。どれも、不思議な模様が浮き上がっています。
(こっちのは、父さんが持っていた紙とずい分似ているぞ・・・)
よく見ると、数字の並び方には2種類あるようです。そのうちの1種類は、父の持っていた紙と数字の並び方が全く同じ。違うところと言えば、マースの紙には模様が浮き上がっていることでしょうか。
マースはその8枚を丁寧に重ねて、窓から差し込む光に透かしてみました。すると、いくつかの数字が浮かび上がりました。
「11・13・17・19・・・何の数なんだろう」
竜は、自分にもわからないというように、首を横に振りました。
(この島に来て初めの日、確かにこの店に泊まったんだよな。確か、椅子におばあさんが座っていて・・・)
マースは部屋の真ん中にある大きな椅子に腰かけてみました。椅子は、誰かに座ってもらうのを待っていたかのように、キイキイと音を立てました。背もたれに身体を預けると、部屋の隅の本棚の上に、古い箱が3つ置いてあるのに気が付きました。一つの箱には鍵がかかっており、2つの箱には開いたままの鍵が引っかけてありました。1から50の数のうち、決まった番号のボタンを押して開けるタイプの鍵です。マースは、おもむろに開いている方の鍵の番号を読み上げました。
「えーと、11・13・17・19。こっちは、23・29・31・37」
すると、竜が何か言いたそうに足踏みをしました。
「何?何かわかったの?」
マースが尋ねると、竜はそうだそうだというように首を縦に振りました。
「11・13・17・19・・・?」
竜は、それを聞くなり羽根をバタバタさせました。すると、さっき窓際で光に透かしていた半透明の紙の束が、マースの足元に飛んできました。
「11・13・17・19・・・あ!!」
マースは立ち上がると、本棚のすぐ脇に置いてあった脚立を出してきて、箱を3つとも下ろしました。開いたままの鍵が引っかけてあった2つの箱は空っぽでしたが、鍵のかかったままの箱には何かが入っているのがわかりました。
「鍵の番号がわからなくて、そのままなんだ」
マースは、半透明の紙に浮かび上がっていた番号を押してみました。
「41・43・47・・・だめだ。ボタンが50までしかない。」
マースはもう一度、箱をよく観察してみました。すると、裏側に絵が描かれているのに気が付きました。雪山の頂上で見てきた「1」という数が刻まれた石碑の絵です。
「1、この世界でただ一つしかない、かけがえのないもの・・・」
マースの頭の中に、お父さんの顔が浮かびました。それから、山小屋の女の人、池のほとりで出会った青年、羊飼いの家族・・・みんな、この世界でただ一人しかいない。僕自身も、この世界でただ一人。部屋をぐるりと見渡すと、竜がマースをじっと見つめていました。
「竜の魔法を押さえられるのも、自分自身だけ。だって、自分自身を変えられるのは自分自身だけだから。うーん、自分自身・・・か」
マースは半透明の紙をじっと見つめ、思いついた4つの数字を押してみました。
・・・・
ガチャン!
部屋全体に金属音が鳴り響き、鍵は開きました。
「やっぱりそうだ」
マースは、竜に向かって鍵を見せました。
「こっちの鍵もそっちの鍵も、番号はどれも、1と自分自身の数でしか割り切ることのできない数なんだよ。」
(↑ お話の途中で、これまで作ってきた方眼紙を9枚重ね、素数の説明。
5年生は学校で習っているので、「1と自分自身以外では割り切れない数」と子どもたちが教えてくれる。
そして、「素数にもかかわらず、方眼紙では色がついてしまっているところがあります。どこでしょう」として素数を探した。見つかったときには、
「そういうことか!鍵の番号がわかった!2・3・5・6や!」と大喜び。自分の方眼紙を仕上げて重ね、ガラスに透かしてまた大喜び。
数字を「自分自身」や「王様」などと擬人化することも、「1は特別なので、素数ではない」も、すんなり納得して受け入れる子どもたち。今回のお話だけでなく数を学んだときにも、無機質なものではなく生きたものとして数に触れてきた。いろいろなことが繋がり、彼らの学びを導いてくれた。)
中には、地図が1枚と、4人の王様と子どもたちが描かれた古びた紙が入っていました。王様の頭上で光る立派な王冠には、それぞれ「2」「3」「5」「7」の数が刻まれています。子どもたちの小さな冠にも、「11」や「13」の数が刻まれています。そして、地図には4つのお城の位置が示されていました。
「1と自分自身の数にしか割り切ることのできない数・・・僕にもそんな強さがほしい。父さんや母さんがいなくても、自分だけで歩んでいけるような強さが」
マースは、地図と肖像画をきれいに折りたたむと、夕焼け色の包みの中に入れました。
「さあ、行こう。僕らも出発だ。この4人の王様に会いに行こう。ここからは、父さんを追いかける旅じゃない。ぼく自身の旅だ」
竜は、待ってましたというように1度だけ深くうなずきました。
窓の外では、すいせんの黄色い花が風に揺れ、マースと竜の出発を応援するファンファーレを奏でていました。
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えりか先生。神戸シュタイナーハウスでは、子どもクラスを担当。
小学校教員を経て、現在は放課後等デイサービスの指導員として働くかたわら、神戸・京都において日曜クラスの先生としても活躍中。
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