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【映画評】『シンドラーのリスト』/1000人以上のユダヤ人を「金」の力で救った男の感動の実話

今日は映画評二回目。
ユダヤ人の大量虐殺をリアルに描いた大作、『シンドラーのリスト』に挑戦したみたいと思います。

『シンドラーのリスト』ってどんな映画?

第二次世界大戦時のドイツ。ヒトラーの率いるナチスの独裁の下、「ホロコースト」と呼ばれるユダヤ人の大量虐殺が行われていました。ここでスピルバーグ監督が注目したのが、当時ドイツの軍需工場で工場主をしていた実業家・オスカー・シンドラー。勇気ある決断によって自分の工場で働く1200人以上のユダヤ人をナチスの手から救った実在の人物です。本作『シンドラーのリスト』は、3時間超の長尺を通して、ユダヤ人が直面した残酷な現実と、その中で葛藤するドイツ人の姿を浮かび上がらせます。

登場人物紹介

主人公/オスカー・シンドラー

本作の主人公オスカー・シンドラーはドイツ政府に武器を売って儲けている軍需工場の経営者です。ナチ党員でもあります。政府高官に賄賂を贈り、豪華な社交生活を営む典型的な「俗人」です。

ところがこのシンドラー、ただの金の亡者ではありません。

しっかりした人生観と良識を備えたシンドラーは、ユダヤ人を家畜どころか物同然に扱って平然と殺していくナチ党員の姿を目にし、徐々に自らに課せられた使命に目覚めていきます。

それは、「カネ」の力で一人でも多くのユダヤ人を救うこと。

そんなシンドラーの人生観が色濃く反映されたセリフがこちら。

My father was fond of saying you need three things in life. A good doctor, a forgiving priest and a clever accountant. (私の父親は「人生に必要なものは三つある」とよく言っていた。いい医者、許しを与える牧師、そして賢い会計士だ。)

シンドラーはこのセリフを言った後で、三番目の重要性を強調します。つまり、医者も牧師も救えない相手であっても、もしかしたら「会計士」なら救うことができるかもしれない……ナチズムという狂気の下からユダヤ人を救い出した男・シンドラーのリアリズムに裏付けられた哲学が結晶した一言です。

敵役/アーモン・ゲート

この物語の歯車は、敵役の登場によって大きく回り始めます。

その名もアーモン・ゲート。冷酷非道なSS将校です。

ゲートはある日、シンドラーが経営する軍需工場の「近所」の強制収容所に赴任してきます。

なんの罪もないユダヤ人を、ただムカついただけという理由だけで部下に銃殺させてしまう恐ろしい暴君です。ユダヤ人を心から軽蔑し、ナチズムの教義を熱狂的に信奉しています。

そんなゲートの強制収容所長官の就任演説がこちら。

Today is history. The young will ask with wonder about this day. Today is history and you are a part of it.(今日が歴史なのだ。若者たちはこの日について不思議さをもって尋ねるだろう。今日が歴史であり、君たちはその一部なのだ。)

すっかり酔ってますね。

助言者/イザック・シュターン

特に名台詞と言えるものもないキャラクターですが、このキャラ無くして「シンドラーのリスト」は語れません。実業家シンドラーの良き理解者であり助言者でもある男シュターンは、優秀なユダヤ人会計士です。

シンドラーがユダヤ人に対する考え方を変え、彼らを救うことを本気で考え始めた背景には、このシュターンの存在が大きかったようです。

本作の泣き所。

①「俗人の鑑」シンドラーの性格の変貌と葛藤

最初は、ユダヤ人たちをただ「有用だから」という理由で使っていたシンドラー。ところがユダヤ人たちがシンドラーの工場を「天国」だと噂し始めるようになってから、徐々に自分の置かれた立場の重要性を自覚するようになります。

しかし、シンドラーはなかなかその事実を受け入れたくありません。

自分はあくまで利益のために動く実業家であり、使えないユダヤ人をも人道的観点から庇護するなどという「善行」など真っ平御免だと宣言します。

Is that what you think? Yeah, send them over to Schindler, send them all. His place is a "haven," didn't you know? It's not a factory, it's not an enterprise of any kind, it's a haven for people with no skills whatsoever.(お前たちはそう思うのか? シンドラーの下にユダヤ人を送れ、そこが彼らの「天国」だから? そこは工場でも企業でもなくて、なんのスキルも持たない奴らの天国だって? ふざけるな。)

ところが、一部のユダヤ人たちの心の琴線に触れることを通して、徐々にシンドラーの心境が変化していきます。ある日、シンドラーが救い出した熟練労働者(ヒンジを作ることが専門)の一人であるラバトフに、シンドラーは話しかけます。

SCHINDLER It is Friday, isn't it?(今日は金曜日じゃないか?)

LEVARTOV Is it? (ええ)

SCHINDLER You should be preparing for the Sabbath, shouldn't you? What are you doing here? (サバス(注。ユダヤ教の安息日)に向けて準備しなくていいのか? ここで何をやってるんだ)

Levartov just stares. It's been years since he's been allowed.(ト書き:ラバトフはただ前を見つめる。一体サバスを祝うことを最後に許されてから何年経っただろう。)

こうしてユダヤ人の文化伝統を重んじ、彼らが自由な生活を享受できるようにするシンドラーの努力の背景には、彼がナチ党員に対して定期的に贈る多額の賄賂の裏付けがありました。

彼はまさに、「カネ」の力でユダヤ人を救っていたのです。

こうして、1200人以上のユダヤ人を強制収容所送りから救い出した「シンドラーのリスト」。シンドラーの金が底をつき、ほぼ同時に終戦が訪れます。死の危険を免れた多くのユダヤ人がシンドラーに感謝を捧げる中、彼は一人涙を流します。

I could've got more ... if I'd just ... I don't know, if I'd just ... I could've got more... If I'd made more money ...I threw away so much money, you have no idea. If I'd just ...(もしももっと金を持っていたら……もしももっとたくさんのお金を捨てていたら……)

シンドラーは、もはや自分のことなどこれっぽっちも考えていません。ただ、自分の些細な努力でもっと多くのユダヤ人を救えたはずなのに、それを自分がしなかった事実が悔しくて無念で、号泣しているのです。

②「残忍な軍人」ゲートの意外な素顔

気に入らないユダヤ人を見かけたらすぐその場で銃殺するゲート。強制収容所を上から見下ろし、サボっているものを見つけたらスナイパーのように射殺するその姿は、狩りを楽しむ猟師のそれに似ています。

しかし、極悪非道なゲートすらも、やはり我々と同じ人間なのです。

You have to understand, Goeth's under enormous pressure.(ゲートは凄まじい重圧の下にあるんだ、それをわかってやらないと。)

シンドラーはこう言ってゲートを擁護します。

ナチズムの支配する社会でSS将校たちが演じなければいけない役割は、異常なほどの重圧に耐えることを要求していたのかもしれません。それにしてもゲートはやっぱり残酷すぎやしないか、と思わない節もないことはありませんが……。

一人の平凡な人間が、SS将校という特殊な立場に置かれることで変質してしまうという現実は恐ろしいものがあります。

そんなゲートの「素顔」が垣間見えるのが、ユダヤ人女性ヘレンとの恋のシーン。奴隷とその主人の関係にある二人ですが、ゲートは明らかにヘレンに恋をしてしまいます。

地下の倉庫でヘレンに迫ったゲートは、そこでふと自分の中の矛盾する声に気づき、悶え苦しみます。

それは、「穢らわしいユダヤ人」を憎悪する自分の心でした。

They have this power, it's like a virus. Some of my men are infected with this virus.

(ユダヤ人はこの力を持ってやがるんだ。ウイルスみたいなものだ。一部の男たちはこのウイルスに感染するんだ。)

自分の中の矛盾する「声」に苦しめられたゲートは、終戦後社草津に対する罪に問われ、絞首刑によって人生を終えます。

③シンドラーとゲートの友情

シンドラーは、ユダヤ人に残酷な仕打ちをするゲートを決して「敵」とは見なしません。必要であれば賄賂を贈り、平和的な説得によって少しでもゲートの性格を改善することを試みます。

「ユダヤ人をなぜそう簡単に殺すのか」、ゲートを問い詰めるシンドラーが「本当の強さ」について述べたセリフは非常に興味深いです。

We have him killed, we feel pretty good about it. Or we kill him ourselves and we feel even better. That's not power, though, that's justice. That's different than power. Power is when we have every justification to kill - and we don't. That's power. That's what the emperors had. A man stole something, he's brought in before the emperor, he throws himself down on the floor, he begs for mercy, he knows he's going to die ... and the emperor pardons him. This worthless man. He lets him go. That's power. That's power.(私たちがユダヤ人を殺させる、とてもいい気分になる。それか私たち自身で殺す、さらに気分がいいだろう。でもそれは本当の「パワー」じゃない。それは「正義」だ。「パワー」じゃない。「パワー」は殺すためのあらゆる正当性があることを言うんだ。それこそ皇帝の持つ力だ。男が何かを盗み、皇帝の前に連れ出される。床に跪き、慈悲を乞う彼は死につつあることを知っている。そこで皇帝は彼を許す。「この役立たずめ」、そう言って彼は放してやる。これが「パワー」だ。)

ゲートの高慢なプライドをくすぐりつつ、ユダヤ人に対する残忍な仕打ちを緩和しようとするシンドラーの意図がよく現れたセリフになっています。

実際、この巧妙な話術に乗せられたゲートは、次の日からユダヤ人を「許す」ようになります。

I pardon you.(お前を許す。)

口癖のように連発するゲートですが、鏡をじっくり見つめているうちに本性が戻ってきたのか、いきなり銃をひっつかんで、許してやったはずの少年を遠くから射殺します。それからは元どおり。

人間の性格は、そう簡単には変わらないようです。

最後に

ナチスドイツやホロコーストについては、「異常な人間たちが作り出した異常な現象」と言うイメージが付いて回りがちですが、実際のところはシンドラーやゲートのような「平凡」な人間が暮らしていただけなのだということが本作を通じてよくわかりました。

悪も平凡だし、善も平凡です。

悪魔のような極悪人の代わりに、ナチズムへの忠誠心と自分の恋心との葛藤に苦しむゲートのような平凡な軍人がいます。

天使のような善人の代わりに、利己的な動機から始めたユダヤ人の囲い込みを、次第に自分の天命だと自覚して、あらゆる私財を擲ってまで一人でも多くのユダヤ人を救おうとした平凡な実業家がいます。

平凡な人間たちが、歴史という残酷な舞台設定の下で、自分に与えられた役割を葛藤に苦しみつつ演じきるその姿。

それを描き出すのが「映画」だとするならば、本作『シンドラーのリスト』は間違いなく映画史に遺る傑作と言っていいでしょう。

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