この世の一歩手前で

「どうして死んだの?」
「ええと……何だったっけ」
「覚えてない?」
「どうやって死んだかは覚えてるよ。ビルの屋上からさ、こう……」
「そこの詳細はいいよ、知ってるから。なかなか酷かったよ、ぐちゃぐちゃでね」
「そこの詳細はいいよ、聞きたくない」
「それで、どうして?」
「さあ……どうしてだろう、何だか起伏のない毎日だった気はするけど」
「起伏?」
「興味を持てず、興味を持たれず。非常に虚しい日々だったんだ。生きてるっていうか、生かされてるっていうか」
「要領を得ないね」
「面白くなかったことは確かなんだけどね」
「ふーん、そう。君は、命を雑に扱ったみたいだね」
「雑? 自分のものだからいいでしょう?」
「どうなんだろうか。質問」
「何でしょう」
「君の死生観が知りたいな」
「しせいかん?」
「生きたり死んだりってこと」
「変なの、死ぬの反対は生まれるじゃないの?」
「じゃあ生まれたり死んだりでいいよ」
「弟が死んだ時は悲しかったよ。生まれた時は嬉しかった気がする。でもそれは弟が大切だったからで、だから別に僕は僕が死んでも悲しくはないし」
「自分のことは大切じゃないの?」
「そうだね、大切だと思っていたらここには来ていないね」
「弟くんが亡くなった時と同じように親が悲しむとは思わなかった?」
「僕が死のうとしている時に、どうして他人の感情を慮らなきゃいけないの。……ああ、そうだ、あなた、僕の弟に会っているはずだよ。僕と同じだから」
「そうなの? どうだろう、覚えてられないんだよ。君達みたいな人は今とても多いから」
「だろうね」
「すまないね」
「いやいいよ、あなたが謝ることじゃない。だけど、僕は、そういうのが嫌でここに来たのかもしれないな」
「そういうの?」
「何にもなれない感じ。その他大勢の中の一人って感じ。僕はとても、とても凡人だったからね」
「おおよその人間はそんなもんだよ」
「そうだね。だけど耐えられないもんだよ、案外」


「それで、僕はどこに行くんだい」
「どこにも行けないよ、君はここからあの窓の向こうを見るだけ」
「窓?」
「向こうに見えるだろう。こんな形でここへ来たんじゃなければ、君はあの向こうへ行けたのに」
「輪廻転生ってやつだね」
「君はここから見とくだけ。生を懸命に掴もうとする人達を見て、自分がそれをいかに無駄にしたかってこと、考えるんだよ」
「……あの、思うんだけど」
「うん?」
「僕は感情が欠如しているわけじゃないから、懸命に生きている人を見れば感動するし、誰かが死ねば悲しいよ。それに自分が入ってなかっただけじゃないか」
「それも感情の欠如と言うのではないかな」
「感情はちゃんとある、喜怒哀楽揃ってるよ。だけど自分には反映されないんだ。だからこんなの見たって意味なんて」
「それでも君はここにいるしかないんだよ」
「そう」
「君の弟も同じようなところにいるよ、きっと」
「そうかな。でもあの子は僕とは違うよ」
「同じだって言ってなかった?」
「だってあの子は死ぬ間際まで他人の子ばかり考えていたよ、自分のことを放ってまで。そんな子にもこんな罰を受けさせるの?」
「罰ってもんでもないんだけどな。……どうだろう、それならもしかすると別のところにいるかもしれないね。イレギュラーってことだもんね、そんな処理したっけなあ」
「お仕事が多くて覚えていられないんだっけ、もういいよ。じゃあ僕はここで眺めてるから」
「うん、もう会うことはないだろうけど、お元気で」
「変な挨拶だね。じゃあ」
「じゃあ」


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