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「陰陽師ゼロ、晴博二次創作」

途中から、ガッツリ成人向けBL表現が入りますので、途中から有料になります。「ドンと恋!」という方のみ、購入をよろしくお願いします!全部で13121文字!
10時間くらいで一気に、書き上げました。



風鈴と蝉時雨が共鳴する季節が、またやって来る。

18歳になった安倍晴明が、都内名門の陰陽師高専卒業を間近にした頃、
彼は寛朝僧正の寺へ時々、足を運んでいた。
自分の持つ記憶は、孤児となってから幼年施設で生活していた頃からしか
鮮明ではなく、両親や家族について深層心理に残っているかけらを第三者
の霊的視点から探して欲しかったからだ。

いわゆるセラピストの分野ではあるが、専門的な精神科やクリニックには
足を向けなかった。
自分の意思に関わらず陰陽師となるだろう自分の家庭環境を、知らない
人間に可能な限り明かしたくなかったからだ。
長い歴史を誇る広大な寺にはたくさんの上級貴族が出入りしていて、暇を
持て余す彼ら彼女達の間で安倍晴明の名前は良くも悪くも知れ渡っていた。

狐の子と恐れられる法力の持ち主、呪術家系の始祖である賀茂家の養い子、
そして身分違いの令嬢を誑かす、妖艶な美貌の青年……。
実際に晴明と身体の関係を持つ貴族の女性は多く、そのほとんどが短絡的
な遊び相手でしかなかったが、その事実に嫉妬や嫌悪を持つ貴族も多い。

晴明本人としては、下らない宮中という魔窟に囚われた下らない人種との
火遊びなど排泄と変わらない行為だ。
誘う女にも戻るべき家庭があったし、一夜肌を交わしても年若い愛人にしつこく
縋るような馬鹿はいない。
彼女たちにとって貴族の妻という立場があればこそ、日々の放蕩が許される
のだから。
忘れられないあの日は、朝顔が咲き誇る梅雨終わりの七月。風鈴と蝉時雨が共鳴をする暑い季節がまたやって来て、昼過ぎから強烈な日差しが照り付けていた。


寺から退出しようとした学生服姿の晴明に、いつもの下卑た下級貴族が
声をかけてきた。

「狐の子なら、人間を呪い殺せるのか」
「この場で、やって見せてくれ」

何度となく遭遇してきたシチュエーションにうんざりしつつも、
この連中の鼻を明かしてやろうと悪戯心が顔を覗かせる。

「それでは、蛙で試してみましょうか」

美しく整えられた庭園の楓を一房もぎ取り、いつもの暗示を……と
視線を開けた瞬間。

……なんだ? 一人だけ冷涼な気を放つ人物が立っている。


陰陽師見習いとして師匠賀茂忠行の後に続き、様々な規則諸侯の館に出入り
して大勢の裕福層を眺めてきた。
その多くが、欲望に塗れて自身の経済的理由や色欲の代償なら、親兄弟
姉妹でさえ悪魔に売り払おうとする人間の屑。
子供の頃から、そういう特殊性癖の貴族社会に慣れきってしまった晴明は、
社会一般との共存自体に諦観し、可能な限り孤高であるべく人生を送るつもり
でいたのだ。

乳白色の肌に、淡い桃色。大きな瞳を装飾する長いまつ毛、素晴らしい仕立て
のシルクスーツ。

最上位の貴族、もしかしたら、王族。
同世代で、おそらく年下。
男も女も知らない童貞、インドア派。一流大学卒の海外留学経験有り。


晴明の聡明な頭脳が弾き出した、その人物の第一印象はこんな羅列だ。

背が、おそらく自分より15cmは低い。それなのにすんなりと美しく伸びた背筋には、躾育ちの良さとの厳しさが伺われる。小柄ながらも顔が小さい為に珍妙な印象もなく、ふんわりした顔のラインと何より澄み切って真っ直ぐな視線が幼い子供のようで、晴明の興味を不思議とくすぐった。


『……緩やかな所作、不躾にならない眼差し。見るからに筋金入りの御曹司だが、
瞳に全く私欲が無いとは、珍しい……』


深い紺青のスーツを身につけた青年も、じっと晴明を見つめている。
二人の間に、誰も邪魔することのできない絶対的な何かが、糸を手繰り寄せて
宿命の絆を完成させたのはあの時だったろう。


『お前、絶対友達なんかできないよ!』
『友達なんて、一生必要ないね』


そんなやり取りをした日もあったのに、気がつけば彼は晴明の隣に、まるで空気や水のように馴染んでいた。

源博雅、三つ年上の超上流貴族で、先代皇帝の孫。そして現帝の年上の甥。


「音楽の神に愛され降臨した」などと社交界で噂される人物だが、彼も晴明と
同じく必要以上の人間関係を持たず、ヨーロッパで生まれ育ち、現在は
国立音楽大会の院生として帰国。
人気のシンガーソングライターとしても、日々多忙を極めている。
そして、あれだけ「友達などという概念は、自分には不必要」と一線を引いて
いた安倍晴明は、彼のマンションに毎日入り浸っているのだった。


「博雅、遅くなるなら連絡しろと言ってるだろ。何かあったらどうするんだ」
「ごめん、昨日は帝がお忍びで観劇されたいと仰ってな。案内役は俺が適任
だろうから、幕引きの後も飲みに誘って頂いたんだ」
「あの男なんてどうでもいい。どうせ、大勢のシークレットサービスに囲まれ
ているんだろ。お前は目立つし、資産家目当ての誘拐も珍しくないんだぞ。
俺に言えばすぐ迎えに行ったのに」
「だから、あの男なんて呼ぶなって……」


この言い合いも、最近頻繁に繰り返されているような気がする。

「悪かったよ、黙っていて。晴明には迷惑はかけないようにするから」
「迷惑なんていつ言った。俺は、一緒に飯を食う約束を破られて怒ってる
だけじゃない。お前を心配してるから、こんな小姑みたいに喚いてるんだろう」

しゅん、と肩を落として「ごめんって、次からは気をつけるから」と項垂れる
同居人に、わざとらしくため息を落とす。

「入籍したら、絶対に夜道の一人歩きはさせないからな」
「それは仕方ないけど、でも散歩しないと作曲が……」
「うるさい、この無自覚タラシが」

地上28階の夫婦用スーベニアルーム。そのベランダに咲く満開の朝顔がライトアップにぼんやり浮かび上がっている。二人で桜を眺めるのも、これで四回目の夏。

呪術陰陽師高専を総代で卒業を迎えた四年前。
特にトップの地位に固執したわけではなかったのに、

「卒業式には必ず行くから。俺は晴明の晴れやかな姿を見られたら、とても
嬉しいよ」

などと淡い想いを抱く相手に満面の笑みで祝福されたら、ちょっとカッコを
つけてみるかと男なら誰でも見栄を張りたくなるだろう。

地方からの貧しい生徒が大半を占める高専の卒業式など、保護者の出席は稀だ。
しかしその日は、突然サプライズで「帝の大切な甥、音楽の神子」が淡いクリーム色の麻スーツに、ラベンダーパープルをメインに置いたエルメス新作のスカーフを首元に飾り、颯爽と登場。


貴賓席に座っていた数人の貴族が、「博雅様よ!」「ど、どうしてこちらに?」
「いやだ、わたくしったら、こんな軽装で!」と慌てて腰を上げ、それぞれが
彼にカーテシーを落とす。

色めき立った貴婦人達に、博雅が優雅に微笑むと、呆気に取られていた教授や
博士達が我に戻り、慌てて祭壇最前列にソファ椅子を持ってきた。

「どうぞお構いなく。わたくしは本日、友の祝福に参っただけなのです。
皆さん、お式を続けて下さい」

そんなわけに行くかよ、と末席に座っていた晴明はニヤニヤ笑いが止まらない。
自分の為にわざわざ、多忙な演奏スケジュールを割いてスーツを新調し、腕いっぱいに蒼い薔薇の花束を抱えた『親友』に、生まれて初めて喜びが溢れかえる。
誰かに、自分の節目を祝ってもらえるのがこんなに喜ばしいなんて、想像した
ことがなかった。


「卒業生代表、安倍晴明!」

思わぬゲストの登場に興奮しきった体育館会場で、学長であり晴明の身元引受人
である賀茂忠行が、やはり控えめな笑顔で最高位の愛弟子の名前を呼び上げる。

「はい」

胸元に紅色の山百合を指した183cmのスラリとした長身が、ゆっくりと壇上へ
上がるのとシンクロして、最前列に座る博雅の大きな瞳の中で星が瞬いている。
やれやれ、卒業生の挨拶原稿に一度目を通しておいて正解だった。

記憶の端っこに書き留めていた雑書きを引っ張り出して、クリーム色の王子様
だけに、言葉を綴る。

「本日は、私達卒業生の為に貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます。今日この晴れやかな日に、こうして学舎を飛び立てるのもひとえに、日々見守って下さった方のおかげ」

大きな花束の間から、微笑む博雅が目立たないように白い手を振る。
晴明はなるべく声が震えないように意識しつつ、ただ一人に向けて感謝の気持ちを言語化した。

「まだ至らないこともありますが、これからもどうか隣で見守って頂けたら、
これ以上ない幸いと思います。これからは学生ではなく、等しい社会人として
私を応援して下さる方のお力になるべく、自己研鑽を続けます。本日は、ありがとうございました。卒業生代表、安倍晴明」


ガタン、と小柄なスペシャルゲストが立ち上がって、精一杯の拍手を叩く。
彼に見惚れる貴婦人達も釣られて続き、晴明に劣等感や嫉妬羨望を捨て
られない他生徒や教授陣も、まさか皇孫を無視するわけにもいかずに形だけの
祝福を響かせた。

陰陽、光と影が混じり合う複雑な式典ではあったが、晴明にはそれで十分だ。
壇上から優雅に降り立った首席を誇る長身に、高貴な『親友』が駆け寄って花束を手渡す。

「卒業おめでとう、晴明。俺も、自分のこと見たく誇らしいぞ」
「ありがとう、博雅。忙しいのに」
「大丈夫、この日の為にちょっとだけ作曲を急いだんだ」
「……無理したんだろ」
「俺より、ライブチームのみんながな。事情を説明したら、喜んで送り出してくれたよ」
「蒼い薔薇なんて、初めてだ」
「それがな、帝が出資されているウイスキー会社が開発した花なのだそうだ。なかなか入手困難らしいが、特別に分けて下さった」
「……くそ、あの男からか」


その日の舞台の主役は、安倍晴明を筆頭にした二十余人の陰陽卒業生ではなく、
間違いなく源博雅その人であった。

「ところで晴明、お前は寮から出てどうする? 行く場所はあるのか?」
「ああ、一応師匠が用意してくれたアパートが学院の近くにある。
少し都心から離れるが、一人住みにしてはまあまあ便利だ」


源家の持つパールホワイトのメルセデス・ベンツに揺られながら、
二人はこれからについて語り合った。

運転手は、博雅が幼い頃から専属で勤務している白髪の壮年で、晴明が穢れを
纏うと噂される陰陽呪術師と知りながらも、とても真摯な態度で迎えてくれる。
きっと、博雅の祖父や両親が善人なのだろう。そういう家から、この心優しい
純朴な孫が生まれ育ったのだ。

「そうか、時々遊びに行っても良いか?」
「もちろん、待っているよ。そうだ、今から来るか」
「え、俺は嬉しいが……、大丈夫なのか?」
「荷物もほとんどなかったし、冷蔵庫が届くのは明後日だから、どこかで何か
買わないと食い物が無い」
「うん、じゃあ俺の馴染みの店で、弁当を作ってもらおう。晴明は、何も好き嫌いはないよな。アレルギーとか」
「おいおい、陰陽師だぞ。そんなお上品な体質なわけないだろ」


吹き出した晴明に、運転席から「坊ちゃまは、気圧性の偏頭痛持ちでいらっしゃいます。喘息も時々……。安倍様には、よろしくお願い致しますね」
と穏やかな声が聞こえて、驚く。

「なんだよ、博雅。早く言えよな」
「おい、光忠。余計なことだぞ」
「申し訳ございません、最近坊ちゃまは徹夜で作曲を続けていらして、昨夜も軽く咳き込んでおられたので」

ですから安倍様、坊ちゃまが無理をしないように、見守って下さいませね。

なるほど、これから御曹司と付き合うなら監視もしつつ仲良くしろと
釘を刺されたようだ。余程、家礼に甘やかされたお坊ちゃんらしい。
車を鎌倉の実家へ帰した「お坊ちゃま」は、晴明の新居となる2DKの部屋に
驚きを隠さなかった。


「おお、キッチンがかなり狭いな。ガス口が一つか」
「風呂に、小さな手洗い場がくっついている!」
「オートロックがないのは、不用心じゃないか?」

珍しそうに「ほお」「へえ」「なるほど」と庶民の空間を見渡す姿が、まるで
柴犬の子供のようだ。

「博雅が来るなら、布団を一式買わないとな。皿や箸やタオルも」
「おい、そんなのいちいちいいよ。持ってくるから。無駄金を使うな」
「お前に風邪でもひかせたら、俺が叱られる。さあ博雅、お高い弁当を温かい
うちに食おう」

赤坂へ足を伸ばすと、源家が長く贔屓にしている料亭の女将が、にこやかに迎えてくれた。

「まあまあ博雅坊ちゃん、ご無沙汰しておりますね。お友達ですか?」
「うん、安倍晴明だ。これからよろしく頼むな」
「安倍様、博雅様がこちらにお連れといらっしゃるなんて、本当にお珍しいこと。こちらこそ、よろしくお願い致しますね」

新鮮な海鮮をたっぷり使った酢飯弁当は、今まで晴明が口にしたどんな食事より美味だ。寮で出されていた味の濃いインスタントとは比較にもならない。

「奇妙なもんだな、こんな中古のアパートでお前と高級弁当を食っている」
「俺もだよ、誰かの卒業式に参列したなんて初めてだ。
こんなふうにあぐらをかいて、直接フローリングで食事をするのもな」

卒業式だったのだ、と事情を話すと、


「まあ、ご卒業おめでとうございます。ささやかながらお祝いを」と、女将が
渡してくれた吟醸酒も、喉越し涼やかな淡麗だ。

その夜は食べて飲んで、博雅が銭湯に行ったことがないというので、深夜まで
営業している地元の加賀湯へ入った。他人の前で全裸を晒したことのない王家貴族の博雅に、つい視線を奪われそうになる。

「熱い熱い、足が痺れる」と金持ち御曹司が騒ぎ立てるので、人のいない湯に
たっぷり水を注いでやる。お互いの背中を流して、髪を洗い合って笑った。


「博雅、もう少し筋肉をつけろ。お前は肩が細くて肉も薄い。鍛えないと
演奏の体力が持たないし、喘息も回復しないぞ」
「うん、そうなんだが……。プロテインを飲んでもあんまり効かないみたいだ」
「走り込みが足らないんだろう。まあ、お前は天才音楽家だからな。身体より
音感を鍛えていればいいのか」


博雅と出会い、晴明は寛朝坊主の寺へ行くこともなくなった。

自分が忘れている過去を遡るよりも、今この瞬間を大切な相手と生きる方が
ずっと建設的だし、親友と喜びや悲しみを分かち合う日常が晴明を長き孤独
から救い上げてくれたから。

学生時代のように名前さえ知らない女と怠惰に過ごす夜も無くなり、
博雅が住む鎌倉の源家とアパートとの往復生活に勤しむ。

そして卒業式から二年経過し、今度は実家を出て神楽坂の高級一等地に博雅が
3LDKのマンションを購入すると、入り浸りになった晴明はついにアパートを引き払って、堂々と同居生活を始めてしまった。

金に困ったことのない博雅はとにかく警戒心が無く、他人からの嫉妬や羨望、何よりあからさまな好意にも疎くて、晴明がハラハラしたり苛立ったりすることもあったが、全く正反対の境遇で育った二人は、対照的に違う性格だからこそなのか、仲良く暮らし続けている。


博雅は一流のシンガーソングライターとしても有名人で、音楽活動も忙しく
ワールドツアーや地方ライブで外出する日数もそこそこ長かったが、博雅の社交界への仲介もあり、名前を馳せた晴明もすっかり賀茂家から独立し「土御門」の流派始祖となるべく修行を重ねていた。


「ただいま、晴明」
「おかえり、博雅」
「お疲れ」
「お疲れ」


同居が四年半に届く頃、このやり取りも定期的な挨拶になってきた。

「うう、時差ボケが治らない……。日本の夏は暑過ぎるよ……」

フローリングの玄関口に座り込み、フェラガモのモンクストラップを脱いだ博雅は、唇を寄せてくる背の高い『婚約者』から慌てて離れる。


「ダメだって、手を洗って……。いや、汗だくだし風呂に入ってから!」
「やれやれ、俺は二週間振りのフィアンセにキスもさせてもらえないのか」
「お、俺だってだなあ! とにかく、風呂に入ってくるから!」

待っていろよな……と、暑さとは別の熱で顔を赤くする博雅に、仕方なく晴明は脱衣ルームへの空間を開けた。

「晴明、ごめん〜! スーツケースの中からギネスを出して
冷蔵庫に入れてくれ〜!」
「どのスーツケースだ!」
「白いやつ!」
「洗濯物、全部出すぞ!」
「頼む〜!」

音楽大学時代の学籍番号でロックを外すと、シャツやタオルに包まれた黒ビール
の瓶が 二本、白ワインが一本姿を現す。衣服はクリーニングへ出すものと、
自動洗濯機に任せる物を分別し、アルコールを冷蔵庫にしまう。

もう一つ、一回り大きなブルーのトランクからは、漆黒のバイオリンケースに
入れられた、源博雅愛用の個人所有であるストラリヴァリウス。

慎重にそれだけをリビングのテーブルに乗せた安倍晴明はキッチンに立ち、
スモークサーモンとトマトのオリーブオイル漬けを皿に並べ、デリバリーで
頼んでおいた国産牛のタンシチューをレンジで温める。 

料理はできる余裕のある方が作る日もあるし、外食とデリバリーの半々だ。
晴明も簡単な物ならある程度作れるが、専門料理人の味で育った博雅の味覚
レベルにはなかなか及ばない。

本人は何を出しても「美味しい」「これは美味いな」と褒めてくれるのだが、
陰陽師としても忙しくなってきた片手間で、演奏や作曲で疲れている博雅に
雑な物を食べさせたくなかった。

博雅と言えば、作曲に詰まると深夜に突然パンケーキやカレーを作り出すのには、最初はかなり驚いた。 

グツグツと煮立っている鍋を凝視しながら、映画やアニメのサウンドトラックを
脳内で調律しているのだと理解してからは、火傷をしないようにそっと見守る
に留めている。

何せ、自分の婚約者は「世界的な音楽奏者、源博雅」なのだ。
手指一本の擦り傷でさえ、繊細なメロディが損なわれてしまう。
自分は、そんな厄災から音楽の天使の盾となる守護者でもあるのだ。


「いただきます!!」

両手を合わせて合唱すれば、見る見るうちに皿の上にあった色鮮やかなサラダや
刺身、肉類が消えていく。

咀嚼の間にギネスビールを飲んでいる、レモンイエローのスウェット姿の博雅は
ウェーブの癖毛を肩まで伸ばしていて、それはまだしっとりと軽い水分を含んでいた。夜への期待に、晴明の喉奥が低く鳴る。


「機内食、美味しいんだがもう少し量が欲しいんだ」
「そうかもしれないが、お前はツアーで疲れているんだ。食べ過ぎれば体調を
崩すだろ。ブダペストで高熱を出したと聞いた時には、迎えに行こうかと心配したぞ」
「あ〜、あれはロンドンで冷たい雨に降られたせいだ。向こうだと湯船に
ゆったり浸かれなくて」
「ストレスのせいで喘息も出ただろう。博雅は冷えに弱いんだから、もっと
管理に注意しろよ」
「うん、気をつける」

それからはお互いの仕事について、掻い摘んで語り合った。守秘義務があるのだが、晴明も博雅も婚約者の契約反故をするような相手ではない。
時々、博雅が陰陽師のサポートに回る業務もある。最低限の情報交換は不可欠なのだ。


一通り体内に吸収して空腹彼満たされると、適度にアルコールが浸透して眠気が
沈殿してくる。うつらうつら船を漕ぎ始めた博雅を横目に、晴明が食器洗い機を
稼働させる。

「……博雅、賀茂の家から届いた蟠桃があるぞ」
「う〜ん、うん……、あとで……」

二人揃って酒にはかなり強いのだが、さすがに連日の疲労が堪えているのだろう、博雅は珍しく顔を赤らめてソファに沈殿してしまった。
慣れた所作で晴明が姫抱きにして、寝室へ運び込む。


「んん、暑い……」
「脱がせてやるから、腕を上げろ」

ここに並んで眠るのも二週間振りだ。風呂上がりの甘い香りを放つ真っ白な博雅の肌が、酒気を含んでスウェット生地を濡らしている。
黒い半袖のシルクシャツを纏った晴明は、自分のブラックデニムが硬く張り詰めていく感触に唾を飲んだ。数日前に、この肢体を思い出しながら自慰に耽ったが、あの程度ではとても足らない。


「博雅……」

淡い白桃色に浮かび上がる博雅の肌に、我慢しきれずスウェットの上着を放り捨てる。敏感なバストトップが尖って、明らかに婚約者を誘惑しているようだった。

「うう、ん」
「なあ博雅、お前は俺を思って一人で慰めたりしたか?」

半開きのふっくらした下唇を軽く噛んで引っ張ると、それまで閉ざされていた
両目がゆうるりと開いて、長いまつ毛がぱちぱち音を弾かせる。

「馬鹿……、そんな恥ずかしいことは、アッ、しない……」
「本当か?」

スウェットボトムを滑らかな臀部から抜き、薄く筋肉に包まれた両脛から脂肪の
乗る内腿へ流れて、長く節骨の目立つ晴明の手と指が博雅の命の元に辿り着いた。正直者の分身が、既に緩く立ち上がってボクサーパンツが湿っているのに、晴明が表情を崩して博雅の唇を深く吸う。

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