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卵を割ってしまった時に読む話。

卵のパックを持つのはいつも私の役目だった。家までの道のりは、ガタガタしていて、卵が割れてしまうから。
袋の詰め方が甘いとか、クッション性がないとかそういうんじゃなくて、私に持たせた方が楽だったのだろうと思う。卵の安売りの日はたいてい私も買い物に連れていかれた。

時々、こうやって思い出すことがある。過去の記憶の断片が、まるでくじで当たりを引いた時みたいに、ひょいっと現れる。
そして私は探るのだ。物心ついた時から、最近のことまでの中で、その記憶がどこからきたのかを。

私は、卵を買いに行くのが嫌だった。正確には、お買い物自体が嫌いだった。車酔いをするからだ。それは、車に乗った瞬間から始まる。あの独特な匂いが、気分を悪くさせた。
家からスーパーまでは、車で行くしかなかったから、買い物=車のイメージがついてしまったのだ。

とにかく、卵の安売りの日は憂鬱だった。早起きして既に広告に一通り目を通したおばあちゃんが、朝食の席で言うのだ。

「お母さん、今日卵安いって」

あぁ、とそっとため息をつく。
途端に、車酔いの記憶が蘇り、朝食が喉を通らなくなる。

これが、私の記憶。
そしてこんな記憶を思い出したのは、ついさっき買ってきたばかりの卵が割れてしまったからだ。
自転車のかごでガタガタと揺さぶられたせいで、12個入りのパックのうち、2個が割れてしまっていた。

自転車のかごは、居心地が悪かったみたいだ。
私の両手のように、優しく包み込んではくれないだろうし。

そんなことを思いながら、パックのシールを剥がし、下の方にひびが入った卵をそっと取り出す。

よし、目玉焼きにしよう。
おひとりだけど、2つ食べてもいいよね。

だって、2つのの目玉が、早く食べて欲しいと言わんばかりにこちらを見つめているのだから。

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