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2020/8/21の星の声

ひそひそ星のシナリオ


もうすぐだ、と出番を待つひそひそ星は、ここまでずっと、宇宙の暗黒という舞台袖に隠れていた。他にもたくさんの星たちが集まっていたけれど、いつの間にか、ひそひそ星と、ちりのように微かな光を放ついくつかの星だけになっていた。

いつまで経っても、あの約束の合図が出ない。もしかしたら、もうとっくに合図が出ちゃったのかも。ひそひそ星は、劇中に何度かうたた寝したことを後悔した。このまま出番が来なかったらと思うと、両手がじわっと汗ばんできた。

宇宙の中心には、舞台監督がいる。ひそひそ星は、舞台袖から少し離れて、舞台監督のもとに急いだ。その時、暗転した舞台上にひとすじの流れ星が降った。突然の美しい演出に、観客席からわっと歓声が上がり、演者の中にはびっくりしてその後のセリフを忘れてしまったものもいた。誰も、舞台裏を急ぐひそひそ星の光だとは思わなかった。

舞台監督はひそひそ星の光が走ったタイミングに驚きながらも、うれしい必然だと感じ喜んでいた。そこへひそひそ星がやってきた。

「監督、もしかしたら出番の合図を見逃してしまったかもしれません」

息を切らして慌てるひそひそ星を見て、舞台監督は大きく頷いた。

「うん、見逃しているかもしれないね」

ひそひそ星は思わず頭を抱えた。うたた寝していたことを正直に伝えるか、もしくは、新たな出番の機会をつくってほしいと頼み込むか、どうしたらいいかさっぱりわからなかった。

舞台監督はおもむろに、ポケットから取り出したものを宙に放った。まるで狼煙が上がるようにゆらゆらと立ち上る白い粒子は、よく見ると発光するチョウの群れだった。それはまさしく、ひそひそ星が待ち続けていた出番の合図だった。

「キミの合図は、これだったよね?」

ひそひそ星は頷いた。舞台監督のポケットの中にあったということは、合図はまだだったのかもしれないと思うひそひそ星に、舞台監督は大きくため息をついた。しかしその表情は、優しく穏やかなものだった。

「ほんとうのところ、キミの出番はもっとずっと前のはずだった」

舞台監督は信じられないほどの分厚さの台本をぱらぱらとめくった。ひそひそ星が自分の手元にある台本との厚さの違いに驚いていると、舞台監督は青と銀の色が混ざったようなふせんのついたページを指差した。そこには、"発光するチョウの群れが現れる"と書かれていた。

「この台本は、ボツになったシーンをまとめたものなんだよ」

ひそひそ星は舞台監督に向かって台本を突きつけて尋ねた。

「じゃあ、ぼくの台本は、もう古いものなんですか?」

舞台監督は大口を開けて笑いながら答えた。

「キミたちに渡した台本は、修正や変更があるたびに自動的に更新されていくから安心してほしい、と伝えた時、確かキミは隅っこの方でうたた寝をしていたね」

ひそひそ星は顔を真っ赤にして、すぐに手元の台本を見直した。すると、どこにも、"発光するチョウの群れが現れる"という言葉が書かれていないことに気がついた。舞台監督はひそひそ星を慰めるような優しい声で言った。

「シーン2020を開いてみて。たしかそこが変更になっているから」

ひそひそ星はすぐにシーン2020のページを探した。台本の中でも、最終盤にあたる箇所に、ひそひそ星の名前が書かれてあった。

" ひそひそ星、レグルスとスピカの光が重なる時に登場 "

しし座のレグルスとおとめ座のスピカの光が重なるのは、シーン2020の8.22-23だった。舞台上の様子を感じると、今はシーン2020の8.21で、もうすぐにひそひそ星の出番が訪れる頃合いだった。

「でもね」

と舞台監督は言った。心に巻いた鉢巻を締め直して、舞台に飛び出す準備をしようとしたひそひそ星は、舞台監督の言葉を聞いて思わず振り返った。

「さっきの流れ星の演出、あれでまた、台本を少し変更することにしたんだ。あれはシーン2020の7.2だったんだけど、そのあたりから、観客も演者もちょっと変わったことがあってね」

ひそひそ星はシーン2020の7.2のページを開いてみた。そこに流れ星の演出はなかった。ところが、ひそひそ星がそこを見ている間に、"突然の流れ星が舞台上に光る"と書かれた演出が台本にふんわりと浮かび上がってきた。

「おかげさまで、この舞台のフィナーレはもっと輝かしいものになると決まった。キミの出番はそろそろだけど、キミにはもっと面白い役割を担ってもらおうと思う」

舞台監督からそう言われて、ひそひそ星は台本を読み進めてみた。台本には、これまで与えられていた役割のいくつかが消えて、新しい役割が与えられていた。ひそひそ星にとっては信じられない役割だった。

「監督、これって……?」

戸惑うひそひそ星の背中を、舞台監督はそっと触れるようにして押した。

「さあ、ようやくの出番だよ! 偶発的に放たれたキミの光が、すべての必然につながることになったんだ。ここからキミが演じることはひとつもない。ただ、キミの輝きを舞台上で出し切ってくれればいいよ!!」


ひそひそ星は舞台袖に戻ろうとした。今度はギラギラと輝く太陽に隠れながら。太陽はひそひそ星の様子を見てすぐに、台本の中身がまた変わったことに気がついた。

「素晴らしい!」

台本を感じ直した太陽はひそひそ星にだけ聞こえるような声で言った。ひそひそ星は何が素晴らしいのかさっぱりわからなかった。太陽の近くを通り過ぎた時、ひそひそ星は太陽に尋ねた。

「何が素晴らしいんだい?」

太陽はひそひそ星に自分の姿をよく見るように伝えた。ひそひそ星はくまなくていねいに自分自身に目を凝らしてみたものの、その言葉の意味もよく分からなかった。太陽は燦々と笑った。

「どうしてあなたには影がないのかな?」

ひそひそ星は影がないことに気がついた。太陽の光に当たったら、影ができるはずなのに。ひそひそ星は舞台袖に戻ってもなお、そのことがわからないままでいた。

そうして、レグルスとスピカの光が重なり合う時を迎えて、ひそひそ星が舞台に出るとすぐに大きな光が劇場中を包み込んだ。大きなどよめきと万雷の拍手に迎えられて、ひそひそ星は舞台監督と太陽の言葉の意味をようやく理解した。

ひそひそ星はこみ上げる喜びと幸福感を抑えることができなかった。さっきまでの緊張はどこにもなかった。

「ぼくは、ぼくで」

すると、ひそひそ星と同じタイミングで舞台上に上がったのは、これまでに素晴らしい演技で観客を虜にしていたゆらゆら星だった。ゆらゆら星は、ひそひそ星と隣り合って涼やかに微笑むと、影のない姿で縦横無尽に舞台上を飛び回った。

「わたしは、わたしで」

観客席は大いに沸き立った。そのうちに、何人かの子どもたちがひそひそ星とゆらゆら星の煌めきに感化されて、舞台上に飛び込んできた。すべての光を解き放つように笑う太陽が照らす舞台で、子どもたちがぴょんこぴょこはしゃぐと、次から次へと上がり込む演者と観客で舞台は溢れかえった。舞台上は太陽の光と一体になったように明るく、目も開けられないほどの眩しさだった。

舞台監督はそのまばゆい光彩に大きく手を叩き、その拍子はいつしか銀河の脈動にぴたりと重なって、宇宙という劇場全体に轟いた。そのようにして生まれた、フィナーレを飾るあらん限りの音の洪水は、時を同じくして、乱流する時空の中からひとりの作曲家によってくまなくあらわされ、地球上で『歓喜の歌』として広く認知され、愛されるようになった。

今後、歓喜を迎える地球の全景は、神々ですらまだ知らない。
万物が食い入るように見つめる中、フィナーレへと向かうひそひそ星のシナリオは、レグルスとスピカの光が重なり合う、今ここから始まる。





神々の熱狂



こんにちは、こじょうゆうやです。
先日8月19日新月の日に、友人のTAKAHIROさんとinstagramのライブ配信をしました。

テーマは「性(セクシャリティ)と美」

小学生の頃から、肌のピークを60歳に持ってくると決意したTAKAHIROさんの美意識のお話や、性の自認のお話、とっても面白かったです。これからも不定期ではありますが、どなたかと配信していきたいなあと思ってます。もしタイミングがぱちんといきましたら、ぜひぜひご視聴くださいませ。

ぼくは自己一致おじさんとして、特に昨年から高らかに「自己一致」という言葉を多用していますが、性の自認についての自己一致は盲点でした。自分の性について、細やかに認識をしようと思ったことがありませんでしたから、ライブ配信の日以来早速感じてみています。

今はまだその感覚を深めている真っ最中ですが、ぼくは男性だから女性ではない、と言い切れることなんてないなあと改めて感じ直しています。ぼくという人間の中にほんとうに様々なセクシャリティの要素があることを感じ、その認識を深めていくことで、個人的なことではありますが、長年に渡るちょっとした疑問が、「ああ、そういうことだったのか」とクリアになる体感がいくつかありました。

自分自身の意識の拡張(柔軟性や自由度を高めること)にもつながる感覚があったため、今改めて自分自身の性を感じ直してみるのは面白いタイミングなんじゃないかなあと思い、この場を借りてみなさんに共有させていただきました。


さて、今日の星の声を無濾過抽出したところ、『ひそひそ星のシナリオ』というストーリーが言葉になってあらわれました。時間も空間もない領域での彼らのやりとりに関しては、もしご興味があれば、明日8月22日土曜日に公開予定の音声配信、サタデーナイトキンボの中で詳しくお話ししようかと思います。(こちらは有料配信です)

今回面白いなあと感じたのは、このお話を書いている最中、少しずつ少しずつ聞き覚えのある、とあるフレーズが脳内を駆け巡ったことです。

日本では"第九"と呼ばれ親しまれている、ベートーヴェンの『歓喜の歌 An die Freude』です。まさか200年前に、これから地球上で起こる大団円の瞬間を捉えた響きがあったとは、と今更ながらとっても驚いています。

個々人レベルですと、大団円の中で響く音色は様々なように思いますが、総じて全世界レベルで捉えますと、ぼくは『歓喜の歌』が、これから訪れる未来の、ある瞬間の響きに一番近いような気がしてます。

あくまでもぼく個人の見解ですから、耳半分な感じで読んでいただければ幸いです◯

『歓喜の歌』の訪れの際は、神々の熱狂が起こる予感がぷんぷんします。

世界各地に残る神話の神々だけでなく、認知されていない神々に加え、全宇宙の神々と、ぼくたち人間は興奮の坩堝(るつぼ)の中で出会うことになるのでしょう。とはいえその状態は表裏一体ですから、もしかすると冷静というか、平穏静寂の坩堝かもしれません。

静かに熱狂している神々を想像すると面白いですね。
「イェーーーーーイ!!!」となってる神々も面白いかも。

まあそんなことはどちらでもいいんですけれど、神々はそのうちに熱狂すると思います。面白いことに、彼らはその熱狂の準備をしている気がしてなりません。

熱狂って準備してするものなのかなあと思いましたが、
よくよく考えると、プロ野球などでは優勝が決まる可能性が高い日には、ビールをたくさん用意したり、ビールかけ用に選手が自前のゴーグルを用意したり、チームが優勝記念Tシャツをすでに発注制作していたりと、意外と熱狂準備しているんですよね。

ですから、もしかしたらそんな感じかもしれません。
水をぶどう酒に変えたり、水の上を歩く練習をしたり、数千のUFOに乗って飛来して一席ぶつためのセリフを考えたり、考え出したらキリがないくらいあります。

いずれにせよ準備を始めたということは、、、
その時が近いことを示しているのかもしれません。

とはいえ、彼らはぼくたち人間の世界とはまったく異なる時間感覚の世界にいますから、何年も後のことになる可能性は高いですが、ほぼ確定、という段階に来ていることは間違いないのかなあ、という気がしています。

三次元の終局間近、ということです。





とはいえ、世界は渦中にある



「そんなこと言ったって、世界は依然としてこんな状況なのに、何をこじょうはでたらめなことを」と感じられる方もいらっしゃるかもしれませんね。

ぼくは、地方新聞を読んだり、おおよそのニュースはネットなどで確認したりしていて、そのことに対する思案もちょいちょいしていますが、確かに仰る通りです。世界はまだまだ旧態依然のように感じるかもしれませんね。

そもそも、ぼくが個人的に感じ取ったことなんて、ぼく以外のどなたかにとったら、でたらめに等しいでしょうから、ほんとうにそうだなあと心から感じてます。

ではでは、
みなさんにとって確かなものってなんでしょうか?
改めて、感じ直してみていただくといいかもしれませんよ。

ちなみに、ぼくにとっての確かなものは、

たった今
口に含んだミントティーの香りと甘み
それを飲んで美味しいと感じたこと
夕立のあとの草木が発するみずみずしい匂い
部屋に入り込んでくる涼しい風
鳴き始めた鈴虫などの声に重なるように響く
キンボ執筆のために無償ダウンロード中の星々の声

など、です。


世界は何の渦中にあるのかと言ったら、ぼくはまぼろしだと思ってます。

ですから今、ご自身の目の前にある、ご自身にとっての確かなものとの関わりを、ひとつひとつていねいに続けていくことが、まぼろしの終わりにつながるのではないか、と感じてます。

確かなものは、目に見えるものも、見えないものもたくさんあります。
今この瞬間に、ご自身にとっての確かなものをたーくさん感じ取って、積み重ねていくと、その人その人にとっての確かな日々が続いていくのかもしれません。

果たして、今のみなさんご自身の日々はいかがでしょうか?
まぼろしなのか、確かなのか、感じてみると面白いですよ◯


今の世界が確かなものを積み重ねて、五里霧中のような状態から抜け出したとき、もしかするとその先に、『歓喜の歌』の中で神々と一緒に熱狂できるような世界があるのかもしれません。

空想夢想の世界の中で生きることは、時として楽しいかもしれませんが、
もはや空想夢想を超えるような世界が目に見える形で訪れているこの星で、わざわざまぼろしを選択しなくても(無意識に突っ込まなくても)いいのでは? 

ということが、星々からは響いてきております。
そんな声もなかなか珍しいですから、よっぽど熱狂したいんだろうなあというのが、ぼくの個人的な見解でございます。





そんなわけで、
今週は、そんなキンボです。







こじょうゆうや


あたたかいサポートのおかげで、のびのびと執筆できております。 よりよい作品を通して、御礼をさせていただきますね。 心からの感謝と愛をぎゅうぎゅう詰めにこめて。