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2022年9月の星の行方


『未来の船』



大人にならないと乗れない船がある。その船に七人の子どもが招かれた。ポコスがそのうちの一人になったのは、たまたまだった。ある動物園の一億人目の入場者になったそのお祝いが、船への乗船権だったのだ。

大人にならないと乗れないから、早く大人になりたい子どもからはうらやましがられた。でも、大人になって乗れるなら、大したお祝いじゃないという子どももいた。ポコスは、どっちの言い分もよくわかるなあと思った。

この船に子どもを招待することを決めたのは、時の大統領だった。どうして七人なのかというと、ある古い映画に影響を受けただけのことらしい。ポコスは、大統領の顔に覚えはあった。でも、名前はわからなかった。大統領は七人の子どもに向かって、満面の笑みでこう言った。

「どうだい? 立派な船だろう。SNSで投稿してもいいからね。でも、悪口は書いちゃいけない。こんなにも素晴らしい船なんだから」

ポコス以外の六人の子どものうち、ある男の子が大統領に尋ねた。彼は、とびきり優秀だから招かれたらしい。

「この船の動力は何ですか?」

男の子の質問に大統領はニヤリと笑った。

「いい質問だね。しかし、私にはわからない」

賢い男の子はもう一度尋ねた。

「どうしてですか? 大統領なら何でも知ってるはずでしょう?」

大統領は、その男の子の頭を撫でた。

「もちろん。君たちよりもたくさんのことを知っているよ。そして、この船の責任者は私だ。でもね、この船は譲ってもらったものなんだ。誰がどうやって作ったのかはわからない。そんなことを理解する必要はないんだ。なぜなら、この船は誰がどう見ても素晴らしいからさ」

「そうなんだ」とポコスは言った。


いよいよ、船に乗る時が来た。都会にあるどんな建物よりも大きい船は、明るく華やかだった。いつかアニメで見た未来の世界を思わせるような雰囲気の船だった。

乗船口から一列になって、七人の子どもたちは大統領の後をついていった。その道すがら、ある女の子が大統領に質問した。その女の子は、とびきりの心配性がSNSで話題になって招かれたらしい。

「大統領、この船は安全なんですか?」

女の子のか細い声を聞いて、大統領は立ち止まって振り返った。

「もちろん。こんなに安全な船は他にはないと世界中で名が通っているくらいだ」

「どこが安全なんですか?」

心配性の女の子の声は、今にも消え入りそうだった。大統領は、女の子の不安をかき消すような大きな声で言った。

「まず、君たちと今から行く食堂だよ。24時間、好きな時に世界中の料理が食べられるように準備してある。あとは、みんなが寝泊まりできる部屋がある。それに、世界中のどんな服や雑貨など、とにかく生活に必要なものが何でも揃っている。大人だったら、好きなものを買って、好きなように生きることができる。こんなに素晴らしい船は他にはないよ」

すると、今度はよれよれの服を着た男の子が大統領に質問した。その子は、両親も親戚もいないから施設で暮らしているらしい。

「お金がなくて、買い物ができなかったらどうするんですか?」

この質問に、大統領は大笑いした。

「お金がないってことは、働いていないってことなんだ。君たち子どもも、働いていないからお金はないだろう? 大人になって、しっかり働いたらいいんだ。大人になる前にアルバイトができるようになるから、そこでお金の稼ぎ方を学んだらいい。仕事はいくらでもある。だから、お金がないってことはありえないんだ」

そこまで言うと、大統領はあることにふと気がついた。

「そうそう。そこの君みたいに例外はある。何か芸ができて、大人を喜ばせることができる子どもは、大人からお金をもらえるんだ」

大統領が指差した先には、テレビを見ている人なら誰でも知っている子役がいた。その女の子は、先祖代々役者一筋の家系だった。大統領の言うことを聞いて、心配性の女の子がぽつりとつぶやいた。

「お金があれば、大丈夫なのね」

大統領は目尻に皺を寄せて、深々と頷いた。

「その通り。それにね、この船が万一敵に攻められたとしても心配はいらない。超高性能のミサイルが自動追尾して敵を追っ払ってくれる。それに、私たちの船は仲の良い他の国々が必ず守ってくれるんだ」

すると、列の最後尾にいた女の子がこう言った。

「敵ってなあに?」

その女の子は、とびきりの美人だからという理由で招かれたらしい。まだ四才で誰よりも幼かった。大統領は、その子が理解できるようにゆっくりと喋った。

「私たちを、怖がらせたり悲しませたりする全てさ」

「どこにいるの?」

「今はいないように見えるが、いつか必ずやって来る。その時に備えているのさ」

「そうなんだ」とポコスは言った。

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