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坂東玉三郎さんにハートを奪われる


六月の歌舞伎座で上演中の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』を観覧しました。
重要無形文化財(人間国宝)の坂東玉三郎さんが主演を務めています。



『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は『複合汚染』などの著書で知られる有吉佐和子さんの短編『亀遊の死』を有吉さんご自身が戯曲化したもので、歌舞伎座では15年ぶりの上演だったそうです。



近頃歌舞伎にハマっているぼくはYoutubeなどで公開されている演目を観て、特に坂東玉三郎さんという大人物に目が止まりました。

玉三郎さんは現在御年72歳です。歌舞伎の中でも特に女形の役者さんはお身体に大変な負担がかかるそうで、玉三郎さんご本人は最近引き際を考えていらっしゃるという話をどこかで耳にしてから、この御方だけはまず真っ先に拝見しなければならないと強く感じていました。

歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人」より


元々6月は、同じく重要無形文化財(人間国宝)の片岡仁左衛門さんと玉三郎さん(敬愛の意を込めて「仁左さま」「玉さま」と呼びます)のお二人が『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』に出演する予定でしたが、仁左さまが帯状疱疹を発症した関係で、急遽演目と出演者が変更になりました。

お二人の共演を拝見できないのは残念でしたが、仁左さまもまた御年78歳とお身体の無理だけはご勘弁いただきたい年齢ではありますから、玉さまが主演の演目を心ゆくまで堪能しようと、先日東京銀座にある歌舞伎座へ向かいました。


歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人」より


拍子木の鳴る音とともに舞台の幕が上がり、玉さま演じるお園が万雷の拍手を受けて登場しました。玉さまは女形の中では長身だと言われていますが、小顔であるためさらに背が高く見えます。しかし、男性特有のゴツゴツした骨格の印象は感じられません。枝垂れた柳の枝のように滑らかな立ち姿で、浮世絵がそのまま浮かび上がったような所作の美しさはとても70代の男性の動きとは思えませんでした。

観客の中にはオペラグラスを使って玉さまの表情をつぶさに感じ取っている方もいました。玉さまの演技は、舞台全体を通して観るだけでない楽しみも間違いなくあるのでしょう。

細部に渡って見所だらけの演技は観る人を虜にしたはずです。無意識に近い状態でただ漠然と観ていても目を奪われるし、セリフを含む一挙手一投足を意識的に観てもため息が出てしまうほどで、そんな表現を観たのは生まれて初めての経験でした。

演目の最中、ぼくはある友人の言葉を思い出しました。

「坂東玉三郎という役者がその舞台に登場しただけで、あっという間に劇場全体が別次元の世界に変わるの。彼の演技は他の役者のポテンシャルまでも上げてしまうし、彼が海老反りなんてしようものならみんな気絶しそうになるくらい感動するんだから」

今回の演目では、60年以上かけて培った玉さまの芸のひとつひとつが細やかに盛り込まれているように感じました。優美な立ち姿に加えて、三味線を引いたり、歌ったり、大きく仰け反って驚いたり、お酒を口に含んだり、ひとつひとつの様子が艶やかな光や彩りとともに目に飛び込みました。

一時間足らずの間に、ぼくは坂東玉三郎さんにハートを奪われたようです。

前後半二部制の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は、間の休憩時間を含めておよそ三時間の演目です。ここではその内容を詳しくはお伝えしませんが、あっという間の三時間でした。

他の歌舞伎役者さんの演技、「新派」と呼ばれる役者さんたちの演技もまた素晴らしかったのですが、とにもかくにも玉さまの芝居は群を抜いていました。

幸いなことに、今なら生きる伝説と言っても過言ではない彼の芝居がまだ観られます。ひとつも見逃すものか、という気持ちにさせてくれた坂東玉三郎さんには心からの感謝と敬意をお伝えしたいです。


さあ、次はどこの劇場へ足を運ぼうかな。
気がついたら、日本一周してしまいそうです。

あたたかいサポートのおかげで、のびのびと執筆できております。 よりよい作品を通して、御礼をさせていただきますね。 心からの感謝と愛をぎゅうぎゅう詰めにこめて。