父を送る(6) 施設からの説明
駅に着いてすぐ阿部さんが教えてくれた施設の担当者の携帯に電話した。今朝、○○病院から連絡していただいた者ですが…というと電話に出た担当の井田さんはすぐに分かってくれて、あぁ、早速ありがとうございます。と返された。ちょっと資料の準備などがあるので少しお時間いただいても良いですか。折り返しますね。と言われて一度電話を切る。駅前に喫茶店も何もない実家の最寄り駅で、唯一涼しい場所で座っていられるコンビニのイートインコーナーに入った。落ち着かない気持ちのままコンビニで買ったフルーツジュースを啜って待つこと数十分、電話が鳴った。
電話に出て改めて挨拶を交わす。井田さんは話しやすく、とても親身で丁寧だった。遠方なのでできれば今日見学に行きたいと伝えたが、井田さんが申し訳なさそうに今日は都合がつかなくて…と言った。これは仕方ない。施設に入る前の見学は必須ですか、と聞くと、コロナの影響もあって必ずしも見学しなくてはいけないわけではないと言われた。郵送や電話でやり取りされる方もいらっしゃいますよ、と教えてもらったので、その方法で説明をお願いすることにして自宅の住所を伝える。書類が届いたら改めて電話で説明しますね、ということでその日は電話を切った。
どっと疲れたが、阿部さんと井田さんの親身な対応に救われた。何も無い地元の駅から電車で数駅移動して遅めの昼ごはんを食べ、また片道二時間半かけてえんやこらと家へ帰った。
数日後、井田さんから施設のパンフレットや費用の概算、用意する持ち物のリストなどが届いた。仕事の合間に井田さんへ電話し、書類が届いたことを伝えて説明を聞く日程を調整する。仕事が落ち着いていたので約束の日は午後から会社を休み、自宅で井田さんの話を聞いた。
井田さんから聞いた施設の内容は阿部さんに聞いていたこととほとんど変わりなかった。費用についてはさらに詳しく教えてもらった。医療費など全部トータルするとこれくらい、と聞く。まぁまぁするなぁ、と言うのが率直な感想だった。だけど払えないわけじゃない。数年に渡り定期的に実家へ呼び出されては書類や冷蔵庫の中身の整理を手伝っていた私は父親のだいたいの年金額も把握していたので、お金に関する不安は無かった。
その他の注意点を聞く。通院を始めとして外出には家族の付き添いが必要になること。人工呼吸器等の延命措置は対応できないこと。外泊はコロナ感染防止の観点から禁止していること。
井田さんからの説明を一通り聞き、今度は私から心配だったことを聞いた。家族の付き添いがないと通院できないということは救急車を呼ばなくてはならないような緊急性の高いときはどうなるのか。→病院に集合という形で、救急車の搬送には職員が付き添うから安心してください、と言われた。ほっとした。
最後に井田さんからその他に施設に望むことはありますか?と聞かれ、想定していない話だったのでしどろもどろになってしまった。の、のぞむこと?のぞむこと…。考え込む私に井田さんが説明を添えてくれる。なんでもいいんですよ。たまには散歩に連れて行ってあげてほしいとか、できるだけだけ話しかけてあげてほしいとか。井田さんの話を聞いても明確な希望は浮かばなかったが、とにかくあの父親がちゃんとおとなしく施設で生活できるかどうかが不安だった。なので最後にこう言った。
「あの、あの、父は本当にわがままな人間でして…。ご迷惑をおかけすることがたくさんあると思うんですけど、あの…できればやさしく接していただけると、はい、ありがたいです。」
井田さんは私のしどろもどろでぼんやりとした要望を笑うことなく、わかりました。大丈夫ですよと請け合ってくれた。退院が間近になったらまた受入日のことなど決めましょう。私からも病院に今後の予定など確認しますね言われて電話を切った。阿部さんもだったが、井田さんも頼りがいのある方で、少しだけほっとした。
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