ぼくたちはひとまずここを「空中」と名づけた
「空中日記」は、あるエッセイとして記された日記(つまり少しのフィクションを含んだ日記)をもとにして生まれた、日記シリーズです。原則、90%以上事実かつ実名で日々が記録されていきます。つまり、10%ほど地面から浮遊しているという意味で、空中遊歩の記録です。
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ある日。
何人かの仲間内で、一緒にスタジオを借りることにした。
人生の転機のようなものは、だいたい想像の斜め上から想像よりも鋭角で速く降ってくるから、それをそっと捕まえなくてはいけない。ぼくたちは自分の人生のキャッチャーでなくてはいけない。ライ麦畑の崖から子どもが落ちないよう見張ってやっている時、何か思わぬ出来事が原因で、自分がその崖から落ちてしまうことだってある。でもそれを、一人きりでやらなくたっていい。
知り合いの会社のオフィスが移転して、その一角に色んな仕事をする人たちが入居するからで入らないかという話をぼくはキャッチし、右手で握り直しサイドハンドでスローした。投げた先が今回の仲間たちで、みんな逃すことなくキャッチした。ぱちぱちぱち、とチームのようなものができた。だからここはオフィスではなく、スタジオだ。
都心にも近い青色の私鉄の最寄り駅から歩いて8分ほど。路地を流れていくと、そのあたりの住宅街では大きめの建物がぽんとある。道路に面するガラス張りの部屋は会議室になっているから、入り口はぐるっと右に回った側面。倉庫を思わせる重たい金属製の引き戸を開けると、大きな長机とカウンターが目に入る。大小様々な会議室もある。
重要なのは地階で、ここに入るには檻のようなゲートを専用のカードアプリを使って開けなければならない。その先は「村」と呼ばれている。入居者による自治空間であるこの「村」にはひとつだけ掟があって、各スペースに名前をつけ看板を設置してくださいということだった。すべての命名の瞬間は、ロマンチックなものである。なのにぼくたちといえば、まだ椅子や机すらない白いガムテープで区画された自分たちの土地の前で(上で)、困っていた。なんということか、右隣が「公園」で左隣は「魔界」という名前のスペースだったのだ。その間でいったいなんと名乗るべきだというのか……。これはかなり難易度の高い問いで、ギャグにしてしまいたかったが、それでは自分たちがあまりにもかわいそうだった。
どうしよう、と視線を上げると天井高がかなり高いことがわかる。念のため聞いてみると土地の区画内ならば、空間はどう使ってもいいということだった。つまり制空権は握れるぞ、と。
「こうなったら空中都市のように床を底上げした制作スペースつくればいいじゃん」
「いやそれなら二階建てにして一階にはこたつをいれるの」
「いやいや甘い! まず底上げは自動販売機でやって俺らはその上で作業をするそこの売上を地代に回せばサスティナブル!」
「それやば! でも冬以外は自販機の熱でアツくね?」
「うーん、確かに」
春がすでにやってきていたし、自動販売機の借り方を調べる力も湧いてこなかったから、ひとまずここを「空中」と名付けた。今はまだ地面しかない。
(『stone paper vol.1』所収「空中日記2018」より冒頭を掲載)
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