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いなくならない

実家の猫が死んだ。まだ5歳だった。木曜日の朝に姉からLINEが来て通知を見ながらも開くのが怖くて、ほとんど泣き顔になりながら化粧をした。手が震えて上手く眉毛が描けなかった。

想像するだけで涙が出そうになるから何度も必死で追いやって画面の中の文字に集中しようとしたけど仕事にならなかった。信じたくない、信じられない、耐えられないがぐるぐるしていた。

元々帰る予定で取っていた夜行バスまで時間があったので、少し歩こうと駅とは反対方向へ向かう。姉と父が仕事に行っていて母は大丈夫だろうかと電話をかけ、詳細を聞く。あんなに取り乱した母の声は聞いたことがなかった。

動かないのが不思議だった。寝ているように見えるのに上下しない腹、握っても反応がない前足、頭を撫でてもパタパタしない耳。目では理解し切れなくても触れるとその冷たさで嫌でも実感する。
開いたままの目。宝石よりもきれいなその琥珀色の瞳にどんな景色を映していたんだろう。生きている間もそれを知る術はなかったけど、その眼差しをもっと見ていたかった。
あんなに怖がりなのに、ひとりでどんなに怖くて心細かっただろう。

誰かに対して生き返ってほしいと願ったのは初めてだった。どんな魔術や禁忌を犯しても、この生き物が生き返るためなら何でもすると本気で思った。

午後にペット葬儀社の人が来て火葬をしてもらう。自然と「またね」と声をかける自分に、死後の世界を信じていることに気付く。
待っている間大豆田とわ子の小鳥遊のセリフを思い出していた。時間は過ぎていくだけじゃなくて、別の場所にあり続けるんじゃないかってやつ。そう思うと少し救われる。

散々泣いたのに骨になったのを見てまた泣いた。ここ10年でこんなに泣いたことはなかった。フラれた時もセンター試験で点数が足りなかった時もここまでではなかった。
悲しかった。悲しかったし寂しかった。まだ信じられなかった。連絡をもらった木曜の朝を境に、全く違う世界になってしまった。

「神様は乗り越えられない試練しか与えない」という言説があるけど、全然嘘。乗り越えられないことは普通にやってくるし、無理に乗り越えなくていい。

燃え残った爪をひとつもらった。ドラえもんみたいな足がとびきり愛らしくて、よく喋る表情豊かな子だった。一番友人のように感じていた。あと10年は一緒に年を重ねるつもりだった。彼がいない家は静かで落ち着かない。

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