【3日目】ママチャリで四国ひとり旅 ロクでもないバー
ママチャリーズハイ
ゲストハウスのチェックアウト時間、ギリギリに起きた。かれこれ10時間は、一度も起きずに熟睡していた。フェリーの雑魚寝・ネットカフェの個室と、あまり質の良い睡眠が取れていなかったからだろうか。急いで荷物をまとめて階段を降りた。2日目の記事を書いてから出て行きたかったので、オーナーに「共用スペースで作業していてもいいですか?」と尋ねたが、清掃があるからと、やんわり追い出された。昨日はあれだけ「ママチャリで来たの!?すごいね!」と言ってくれたのに、なんだか薄情だな。何はともあれ、良いゲストハウスだった。
居場所を失った今日の俺は、もうママチャリを漕ぐしか予定がない。徳島を目指すか。徳島ラーメン以外に何があるのかは知らないけれど。80km。ちょっと想像つかない。しかし走るしかないのだ。ペダルに足をかけて、高松の街並みに別れを告げた。
走り出しは軽快。まだまだ国道11号線の道沿いには飲食店やショッピングモールが立ち並んでいる。今のうちにファミレスで記事を書いてしまおう、と早くもガストに寄り道し、なんやかんや3時間ほどは滞在。本格的に徳島県を目指して走り出したのは15時くらいからだった。
「80kmね!まあなんとかなるでしょ!」と思っていたのは束の間。ゆっくり漕いでいるうちに夕方になり日は暮れ始め、焦りが出てきた。漕けども漕げども、徳島までの距離は縮まない。往年のパソコンのダウンロードバーくらい残りのメーターが動かない。「これだけ漕げばもう香川県くらいは抜けたんじゃない?!」と思うや否や現れる、道沿いの『讃岐うどん』の看板に精神がはたき落とされる。讃岐うどんの呪縛から逃れられない。
18時ごろ。建物も街灯すらもない、既に視界が真っ暗。海沿いを走る。すぐ側からザッパーーン!と波打つ音が聞こえて怖い。国道をビュンビュン走る自動車と並走する。ランニングする人間も、サイクリングの人間も全くと言っていいほど見当たらない。車社会なんだなと実感させられる。遠くに久しぶりの明かりを見つけた。「あ!ガソリンスタンドがあった!そろそろガソリン入れとかなくて大丈夫かなあ。」と思って気づいた。俺は自転車に乗っている。ガソリンは必要ない。自分がママチャリに乗っていることを忘れてしまっていた。それくらいずっとずっと車道に沿って自転車を漕いだ。
何時間も一心不乱に漕いだ。ラジオを聴きながら漕いだ。音楽を聴くとテンションが上がってしまってスピードも上がる。ペースを乱さずに走りたかったから、俺はこの旅でまだ一度も音楽を聴いていない。幾つもの峠を越えて、時には降りて自転車を押して、ようやく見えた『徳島まで10km』の看板。まだ少し早いかもしれない感動と、「中心街まで残り10km地点なのに、こんなに明かりすらないん?」というガッカリ感が同時に押し寄せた。だがテンションは確かに上がった、俺はこの旅で初めて音楽を聴き始めた。
徳島ソープの誘惑
自転車を漕ぎ続け、やっと着いた徳島市。徐々に街の明かりが見えてきた。近づいてみると、明かりを発する店は全て徳島ラーメンのお店だった。寂れてはいるが、中心街。今日の宿はここら辺で探す事にしよう。ゲストハウスをネットで調べると、少し行った先に評価の良いゲストハウスがある。ネット予約を決定すると間もなく電話がかかってきて「部屋が空いてるのでグレードアップしておきました。」とのこと。嬉しい。
ゲストハウスの建物に到着し、中に入ると誰もおらず、真っ暗。コロナ対策のためにセルフチェックインだという話は聞いていた。手探りでロビーの電気をつけて予約した部屋に入る。そこそこ立派なベッド、清掃が行き届いており、アメニティも充実した素敵な部屋だった。これで2000円。今日は体力を使ったしぐっすり眠れるぜ。
しかし、まだ眠るには早い。というか眠れない。異常にムラムラしているのだ。今日一日、一心不乱に自転車を漕いできた俺の中で生存本能が芽生え、漢の猛々しい性欲が爆発していた。更にこのゲストハウス、風俗街のど真ん中に位置している。ここに来るまでに数多のソープ店の前を通り、血が悶々としていたのだ。嬢のパネルが外からでも覗き込める。
俺は隣にあった『beppin house』というソープをネットで調べる。なんだと。徳島で一番評価が高いソープではないか。しかも値段は関西のそれと比べても2万円前後と、非常にリーズナブル。パネル写真を見ても若い美女揃い。もうダメだ。我慢できない。すると友人から連絡がきた。相談してみると、
「俺も以前、全く似たような状況になったが、シコればどうでもよくなった。」
と言う。その理屈は非常にによく分かる。男という生き物は、射精前と射精後で思考が180度変わる。女性には理解し難いかもしれないが、別人の次元なのだ。
だからきっと俺もここで一発抜いてしまえば息子も落ち着き、せっかく貧乏旅をして節約してきた2万円を失わずに済む。だが、それでいいのか?俺はこの旅で、エピソードを獲得しにきている。金に糸目をつけている場合か?いやいや、ソープの体験レポートを書いてどうする。俺は風俗ルポライターでも目指しているのか?でもこんなに安くて上質なソープは関西には...
いや、ダメだ!22歳、貧乏旅のお金の使い方ではない!俺は歯を食いしばり、漢泣きをした。涙で嗚咽しながら左手で右手を無理矢理、自分の股間まで持っていき、自慰をした。せめてソープの気分だけでも、とソープ体験動画を見ながら致した。俺が今日行くはずだったかもしれないソープ。また、夢で会えたら。
絶頂。次の瞬間、
「どうでもいいや!なんか2万円儲けたようなもんやなあ!飲みに行こっと!」
と夜の徳島、飲み屋街へ繰り出した。
ロクでもないバー
近くにあった安い居酒屋でハイボールを三杯飲んだ。店を出たが、まだ寝る時間には少し早い。まだ飲み足りない。会話が足りないのだ。俺はこの旅でまだ、まともに人と会話をしていない。そうくればバーだろう。人と飲みたいならバー、俺のような金もない青臭いガキが行くところではないだろうが、今日くらいは誰かと話したい。ネオン街を練り歩き、バーを探すがイマイチ、ピンとこない。
ゲストハウスから出てすぐに見かけた、『music bar Ricky』という看板。腐っても少しは音楽をしていた身、気になったのでそこに入ってみることにした。
地下への階段を降りると歌が聴こえてきた。カラオケか?暗い店内に入ると、小さなライブハウスのようになっていた。ホールにテーブルと椅子が5セットほど置いてあり、奥にはアンプやドラムセット。バーカウンターにはおっちゃんおばちゃんが座り、カラオケを歌い盛り上がっていた。
直感した。「ロクでもないバー」だ。そこそこ広い店内に4人の常連客。ライブバーを謳いつつも、実態はカラオケバー。どっからどう見ても不倫関係のジジババ。バー通い歴1ヶ月のベテランの俺には分かる、ロクでもないバーだ。
俺はひとまずテーブル席に案内された。ジントニックを注文し、ジジババのカラオケを聴く。一番左の黒髪のおばさんは50歳手前くらいだろうか。でも顔もスタイルもファッションも年相応に綺麗で、色気がある。その右隣に少し大人しそうな、ニット帽を被った40歳くらいと思われるおっさん。その右に不倫カップル。45歳くらいに見えるおっさんはやけに目鼻立ちがクッキリしていて、ちょいワルオヤジな男前。それと同じくらいの歳に見えるおばさんは水商売をしている雰囲気がある。
しばらくカラオケを聴いていると、不倫おっさんが「こっち来いよ!座り座り!歌い!」と誘ってくる。ここで変に断るほど野暮ではない。「ありがとうございます!じゃあ一曲、失礼しちゃおうかな。」と俺が入れたのは米米CLUBの『君がいるだけで』。こういう時のために、どの年齢層でも知ってるオハコを仕込んでいるのだ。かなり盛り上がり、カウンターにもう一つ席を置いて座らせてもらった。
「若いな〜!」「大学生?」このあたりは当然聞かれる。そして口々に「ようこんなディープな所に入ってこれたなあ!」「常連ばっかのとこに来るなんて度胸あるわ!」と言われる。小汚えマスターも一緒になって言っている。だからダメなんだよ。入るのに度胸がいるバーが、良いバーなわけないだろ。常連で内輪ノリをしているからこんなに店がガラガラなんだろう。
しかし、あんたらがそれでいいなら良いのだ。俺は良いバーだとは思わないが、あんたらが集まって楽しんでいることを否定はしない。郷に入っては郷に従う。その後もしばし談笑し、歌えと言われれば選曲に気を遣いながら槇原敬之の『どんなときも。』、不倫おっさんがB'z好きだと言うので『LOVE PHANTOM』を歌った。不倫おっさんはもうベロベロ。握手してきて「お前が好きだ!飲みに行きたい!」と仰る。黒髪おばさんは俺のことを息子を見るようなおっとりした目で見ている。少々カオスな現場になってきたのでそろそろお暇することにした。これだけ盛り上がったんだし誰か奢ってくれたり...しなかった。
帰り際にも「良い少年だ。」と言われ、悪い気はしなかった。俺は二度とこのバーには来ないが、あんたらはその常連の関係を大事にしていてくれ。じゃあな。俺は柄にもなく、集合写真を撮って帰った。次の日、二日酔いになった。
サポートして頂いた暁には、あなたの事を思いながら眠りにつきます。