伊豆大島へ移住しました 【これからの仕事と暮らしについて】
JR浜松町駅から降りて、竹芝港からジェット船で1時間45分。
都会の喧騒とは異なり、自然と共に生きることができる伊豆大島へ3月から移住をしました。
移住のきっかけ
2月までは、コミュニティプラットフォームを運営するオシロで3年間コミュニティにどっぷり浸からせてもらい、大きなプロジェクトにもいくつも関わらせてもらい、かけがえのない仲間と経験を沢山積ませていただきました。
自分がコミュニティの仕事に携わる中で、この業界で「自分が果たせること」をずっとモヤモヤしているような感じがありました。
もしかすると、それは学生時代の経験(島ボランティアや、海士町での暮らし、設楽町でのアートプロジェクトなど)に少し後悔のようなものが残っていたからなのかもしれません。
とにかく、様々な場所にいるコミュニティに関わっている人に会いに行こうと思い、2023年は色んな人に会いに行く旅をしていました。
その時に声をかけてくれたのが、今の代表。
代表とは、学生時代に島ボランティアの受け入れ人としてお世話になり、就職をした後も島のイベントがあると連絡をくれるような繋がりでした。
ちょうど2023年の夏に三宅島で再会したとき、「大島にWELAGOというコミュニティスペースを作ったよ」という話を聞き、その翌月に遊びに来させてもらいました。
見学程度…と思って訪れた大島で、代表から話してもらったTIAMのビジョンにワクワクしたのを覚えています。
気づけば話がどんどん進み、結果的に移住を決めることになるとは…当時は全く思っていませんでした。
いつか移住をしたいと数年思い続けていましたが、周りの移住した先輩を見ると、もう少し都内で頑張った方がいいのかな、スキルがないと難しいのかなという気持ちになり、決断しきれなかったというのが正直なところです。
その時、ある人から「決断のタイミングは必ず来るから、深く考えなくてもいいんじゃない」と言ってもらい、その時を待つことができました。
移住するという決断を家族や周りの大切な人に話しても、誰ひとり反対せず、応援してくれたことには本当に感謝をしています。
TIAMの役割
「対話からはじまる島の未来」をスローガンに、広くとらえると東京諸島のハブのような存在として活動をしています。
中心にあるのは、東京都離島区というメディア。
東京諸島の歴史や文化を引き継いで、誇りを持って活動する人々を取り上げています。
冒頭でも伝えたように、同じ東京でありがなら島の人口はどんどん減っています。人口減少は避けられない未来だとした時に、各島で活動をしているだけでは色んな物事が限界になってしまう。南北1,000km、11島を繋いで行くことが、私たちにできる次なる東京諸島のあり方なのかなと考え、事業に取り組んでいます。
その他の仕事
TIAMにいながらも、他の活動は継続させてもらっています。
4月からは設楽町での活動も幅が広がる予定です。
上記を中心に、コミュニティづくり、イベント企画、ファシリテーション、デザイン、イベント登壇など幅広くお仕事させてもらっています。
ぜひ、ピンと来た方がいらっしゃいましたら一度お話しさせていただけると嬉しいです。(今年は雑誌に載ることが大きな目標です。笑)いつでもXのDMお待ちしています。
いただいたサポートは、さらに成長するための製作費に当てたいと思います!