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東京財団の提言・日本の経済学者の発言を検証してみよう

東京財団の提言書

3月17日に東京財団から【経済学者による緊急提言】新型コロナウイルス対策をどのように進めるか? ―株価対策、生活支援の給付・融資、社会のオンライン化による感染抑止―が発表された。

メンバーは<発起人>小林慶一郎・佐藤主光から始まって、そうそうたる人達である。整然とした文章だが、書いてある内容には現実の数字は抑えておらず、あまり中身があるように思えない。しかも、結論では慄然するような提案がなされている。読後に想像される日本経済のイメージは、目を覆いたくなるような悪夢だ。だからこれを放置してはいけない。

これまで経済学者の提言を読んだことのない人、経済分析に慣れていない人、政治にコミットしていない人には、何がまずいのかを理解できないだろう。今回はそれを解説してみようと思う。これから先、東京財団の【緊急提言】を引用し(グレーの小文字フォント部分)、説明していきたい。

経済政策の原則

新型コロナウイルス感染症に対する経済政策的な対応について、いま求められる基本的な原則は「1.感染拡大の抑止」と「2.短期的な経済的インパクト(所得の減少と流動性の不足)の軽減」と「3.長期的な産業構造変化の促進」である。【緊急提言より】

提言は「経済政策の原則」なのに「感染拡大の防止」という医療対策から始まる。つまり、コロナウイルスの対策は感染症の専門家に任されているが、極めて経済的に影響が大きい問題なので、経済専門家の我々が対策について提言しよう。そのためには原因となる感染症対策へのコミットも重要だ、と言いたいのだろう。

筆者もこれには賛成だ。今の専門家会議の判断はあまりにゆるく、経済へのダメージを安易に考えすぎている。おそらく感染症の専門家会議は経済的影響について、数値で知らされてはいないのだろう。ましてや、現実の経済がどのように破綻し、その結果、社会的な影響がどう進むのか、全く理解せずにいる。それは政治の責任だと決めつけているが、それは間違っていると思う。経済分野の数値が共有されたら、専門家の取るべき戦略はハードではあるが早期に決着をつける中国型・韓国型の戦略も検討に値する、と考えるかもしれない。多くの人々の、多様な意見を政治だけでなく専門家もある程度、理解する仕組みが必要だ。

1.感染拡大の抑止

政府が国民に経済活動の自粛や学校の休校などの甚大なコストを負担させて新型コロナ感染症の流行を遅らせようとした理由は、時間を稼いでいる間に医療提供体制の能力を増強し、今後の死亡者数を減らすためである、というのが政府の説明(約束)であった。医療提供体制の拡充にあたっては、一時的な必要のために恒久的に病床を増加させるような非効率は避けるべきである。感染者の 8 割と言われる軽症者・無症状感染者は高度な治療を必要としないのであるから、彼らの入院施設は設備の整った病院である必要はない。全国各地で旅館・ホテルを政府が臨時に借り上げ、軽症・無症状者を隔離するための入院施設とすれば旅館・ホテル業界に対する強力な支援策ともなり一石二鳥である

医療のデジタル化や検査体制、医療提供体制の拡充など、いろいろ言葉が並んでいるが、残念なことに重要な問題に一言も触れていない。医療提供体制は地方自治体に責任と権限が委譲されており、その拡充には多額の費用負担が必要でそれを地方が背負うことについて、突発的な負担をどのように国と分担するのかという問題について一言も触れていない。唯一の提案が爆発する感染者を収容するためのホテルの利用である。

この提言は「地方財政と地域経済などに何の興味もないのです」という本音が行間からあふれている。

医療費削減についての唯一の提案が、軽症者・無症状感染者を隔離することである。そんなことは素人でも思いつくような話である。専門家であれば、そこで働く人々の感染リスクについてしっかりと考察して提言するべきだ。医療側のスタッフを入れるのなら、そのスタッフをどのように集めてくるのか、それとも感染症に対して何の知識もないホテル従業員を巻き込むのか、その場合の危険負担は誰が負うというのか。これでは床屋談義だ。公衆衛生に関する費用をどうするのか、他国はどう対処し、過去はどう対処してきたのか一言も触れていない。感染の専門家も全く何をしてよいのか理解できないのではないだろうか。

ちにみに新型インフルエンザ等対策特別措置法には下記の記載がある。

(新型インフルエンザ等緊急事態に対処するための国の財政上の措置)
第七十条 国は、前条に定めるもののほか、予防接種の実施その他新型インフルエンザ等緊急事態に対処するために地方公共団体が支弁する費用に対し、必要な財政上の措置を講ずるものとする。

この法律は感染症対策という「地域保健法(旧保険所法)」及び「予防接種法」という公衆衛生法の歴史的な流れのある法律が下敷きになっている。野党側が、法案の通過に様々な疑義を出したは、人類が直面してきた感染症との戦い、西洋における「ペスト」のような事態を想定していたのか、はなはだ怪しいといわざるを得ない。日本でいえば、戦前の結核蔓延をいかに防止するかという危機に対処するための法律なのだ。

果たして、これから「ウイルスとの戦争状態だ」が始まるという意識で、提言は書かれているだろうか。

2.短期的な経済的インパクト

ここでは大暴落した株価、影響が出ている業界としてフリーランスのことについていろいろいと書いている。が、実際に影響が出ている産業分野についての数字の話が一切出てきていない。先の医療のところで「旅館とホテル」と書いているので、観光分野に影響が出ていることくらいは、認識しているはずなのにである。

イベント産業17.3兆、観光産業40.6兆くらいは検索すればすぐ出る。

その結果、2~4月の三か月、この二つの産業への影響だけで、総額14.5兆、仮に対策が長引き、半年かかるとすると30兆円の需要が喪失するという予測が生まれる。さらに、三月の時点であれば、街角景気として都市部の飲食店や百貨店などの小売り業や、航空機・鉄道・バス、タクシーなども急激に悪くなっていることも理解できるはずである。

それらも含めると、非製造業を中心に三か月で25~50兆ほどの経済的落ち込みが予想され、日本国内の短期的な経済インパクトがどれほど深刻かが理解できるだろう。状況を全く推計せずに、どのようにして経済政策が立案できると考えているのだろうか。さらに、2019年の10~12月のGDPが-7.1%であったことも含めると、2~4月のGDPは15~20%近く落ち込む可能性もあり得ると危機感をもって出すべきだったろう。最悪のことを想定して、最善を尽くす。感染症の専門家はずっとそのように話してきている。

本当に経済学の専門家と称するのであれば、金額にすると三か月で20~27兆円のマイナス、半年に長引けば40~55兆円の需要が喪失する。OECDやゴールドマン・サックスが警告している数値よりはましだが、それでも驚くべき事態であると予測できる。リーマンショックや東日本大震災を数倍超える事態だとわかるはずである。

日銀のETF100兆円介入が適切か、どうかのレベルではない。このタイミングで米国は非常事態宣言を出し1兆ドル(100兆円)の政府予算の話をしていたのに、なんとのんきなことを書いているのだろう。

いまは死に物狂いでなんでもやっていかなくてはいけない。

この判断が出来なければ「専門家」としての存在価値は何もない、といってよいだろう。しかし、ここにはこのように明記されている。

消費や投資を無差別に刺激する景気対策を目的とはしないということである

米国がヘリコプターマネーを200兆円をばらまこう議会で話している時に、なんということだろうか。無差別に刺激するなんてとんでもないことはやめておけ、そう主張しているのである。

英国オックス・フォード大学のサイモン・レン=ルイス教授はコロナウイルスが世界で広がっているいま「いまだに緊縮はよい考えだったと思う人なんているだろうか?」とまで述べている。

しかし日本では緊縮にこだわる経済学者が大半なのである。

3.長期的な産業構造変化の促進

観光、外食、レジャーなど多くの産業で需要のレベルが恒久的に低下する。一方、マスクや消毒薬、オンラインの会議サービスなど、需要が激増するセクターもある。大きく急速な産業構造変化が起きると予想される

これが最終提言の要約部分だが、注目はマスクが明記されていることだ。さらに詳しく三つのポイントが説明されている。

➊所得減に対処する現金給付とリアルタイムの所得把握

①前年の課税所得が一定以下の就業者を対象 ②いったん定額の給付を行い③今年の年末調整や確定申告の際、今年の課税所得に応じて一部を回収(追徴課税)する。自営やフリーランスなど今年の収入が大幅に減った就業者
なら追徴課税はなく給付は満額
となる。

という説明は、この度の政府が行う予定の30万円の給付のイメージに近いもを感じる

➋手元資金(流動性)不足の解消:生活支援の無差別・無条件の緊急融資

仮に 1000 万人がこうした融資制度を利用すると仮定すれば、最初の貸出のために 18 兆円ほどの政府支出が必要になり、その分だけ国債を新たに発行しなければならなくなるが、コロナ・ショックで消費が抑制され、貯蓄が増えるので、難なく国債は消化されるだろう。
また、将来的に、18 兆円の多くは利子つきで国庫に返済されるので国民負担は生じたとしても大きくないはずである。

18兆円、どこかで似た数字を見ていないだろうか。そう、事業規模108兆円、真水16兆円と言われた補正予算の赤字国債の数字に極めて近い数字がこんなところに潜んでいるのである。

➌企業への支援:激変緩和とともに長期的な新陳代謝の促進を

最後に観光産業への対応が記されている

観光客が激減した観光業者や部品の調達・供給等の停滞の影響を受ける製造業などへの雇用調整助成金が特例拡大される。「民間金融機関に対し、貸し出しの金利を下げ、返済期間を猶予するなどの条件の変更を求める」とした。「雇用の維持と事業の継続を当面最優先に、全力を挙げて取り組む」べく中小企業への融資や保証の枠を総額で1兆 6000億円規模に拡大するとともに信用保証の枠を拡充する。

つまり、労働者には雇用調整助成金で企業には融資を中心に支援しましょう、ということである。

緊急時に、支援すべき(=生産性の高い)企業と撤退すべき企業を識別することは難しい。雇用を確保する観点からも中小・零細企業の資金繰り支援は当面の間の緊急措置として、やむを得ない。他方、セイフティーネットとして撤退(廃業)に対する支援も講じるべきだろう。我が国の中小企業政策は事業の継続に偏ってきた。(中略)産業の新陳代謝の促進を図る観点からも、廃業の障害を緩和する措置を講じることが求められる。

日本の中小企業政策は事業継続にかたよってきたが、それではだめだ。生産性の低い日本の観光産業については、今後、撤退・廃業を支援すべきである、と明記している。観光業が壊滅的な状況に陥っているときに、廃業のお勧めを書いているのである。さらに

自主廃業を支援する「カーテンコール融資」(事業整理支援融資)のような取り組みもある。これらの制度を普及・充実させる。あるいは緊急措置として廃業支援の新たな助成制度を創設することも一案だ。財政負担を懸念する向きもあろうが、採算性の乏しい企業が事業を続ければ、あとでそれ以上の財政支出が必要となるかもしれない。

カーテンコール融資まで説明いただけるというのは、なんとありがたい話であろう。旅館やホテル経営者に一度ご意見を聞いてみたいと思う。

提言という悪夢(間違ったビジョン)と戦うこと

ところで、ここまで読んでこられた賢い読者は気づくかもしれない。そう、ここに書いてあることこそ、現在の安倍政権の取り組みであり、国民への回答そのものなのだ。

マスクの配布、16兆円の国債発行額、分かりにくい制限のある給付、殆どが融資で出来上がっている事業規模108兆円の内容など、まさしく現在の令和二年度の政府補正案である。

その上、これは自民党内の議論とは全く関係がない。百人集まった若手の提言書にある消費税減税には一言も触れていない。これも現在の現在の安倍内閣の方針と一致する。

しかも、自民党の議論だけでなく、世の中にはまったく出てきたことがない、半年から一年後に日本の観光政策の方向性まで明記されている。これは果たして民意なのか? 国民の大半が、既存の旅館やホテルはつぶれてしまえ、と思っているというのだろうか。

筆者はこの提言スタイルにデジャブ、悪夢を見る。例の日経経済教室に示されている伊藤隆敏(東京大学)・伊藤元重(東京大学)+ 経済学者有志の提言内容である。しかも、仕掛け人が重なっている。

日経の提言ほど経済学の原則から大きく外れたものはない。千年に一度の災害ならば国債発行して、償還期限は無限のかなたの千年後、つまり、赤字国債で割りあてし、現役世代に極端に重い負担をかけないようにするのが経済学者の王道である。それなのに、日本の経済学者は「復興の付けを残すな」と主張し、国民に重税を背負わせてデフレを加速させたのであるこの提言に賛成する人たちをありがたがってはいけない。まず国民は過去の失敗から学ぶべきだ。医者にも腕に差があるように、経済学者にも質に大きな差があるのだ。

筆者は東日本大震災の時、民主党の若手107人集まった国会での研究会に同席した。取りまとめの中心は大西健介衆議院議員と宮崎タケシ衆議院議員。講師として若田部昌純早稲田大学教授、現日銀副総裁を招いた。

その結果、若手全員で【復興増税に反対する決議】がなされたのである。

東日本大震災という未曾有の国難に対して増税ではなく、赤字国債を財源として行うべきである、と当時の民主党若手衆議院議員は理解していたのだ。つまり、ヘリコプターマネーで行うべきだと気が付いていたのだ。しかし民主党党本部と菅内閣は日本に財源がない、そのため震災対策が出来ないと主張し、何も対策が出来ずに倒れてしまった。そして野田内閣が編成された。結局国会を通ったのは、復興増税と税と社会保障の一体改革、財源としての消費税増税である。リーマンシッョクと円高で苦しんでいる日本経済に重い重い増税をかけるという気が狂ったような政策に走ったのである。

まさしく日経の経済教室に示されている伊藤隆敏(東京大学)・伊藤元重(東京大学)+ 経済学者有志の提言内容そのものだった。

海外留学も経験し、英語の堪能な経済学者であれば、リーマンショック時の米国はバーナンキFRB総裁が大量の資金供給を行ったことや、2009年のオバマ政権は金融政策と財政政策の一体を通じて、9000億ドルのヘリコプターマネーが供給されたことなどを理解できたはずである。

さらにいうと東日本大震災という未曽有の危機において、3月17日に76円という急激な円高が日本を襲った。それは米国の政策の流れに日本が付いていけていなかったからだ。しかし、日経の提言にはその原因に関しての説明は何もない。米国の財政金融の一体政策を理解していれば、円高の理由とその調整は簡単だったはずなのに。

彼らは無知なのか、それともわかっていて国民に教えないのか、それはわからない。しかし、いくらでも手法があるのに国民にそれを伝えないのはあまりに不誠実と言わざるを得ない。

「日経提言」と同様に「東京財団の提言」には、未来への明るいビジョンが何もない。この「悪夢」から日本社会を救うにはどうすればよいのだろうか

悪夢を作り出す「ナイト・メア集団」は、コロナウイルスよりも恐ろしい。リーマンシッョク後の東日本大震災後に、ごてごての経済政策で苦しんだ人たちならばきっと分かるだろう。おそらくコロナウイルスそのものより、こちらの悪夢が日本人を追い詰めようとしていることを。このような悪夢を一掃するためには、人々の強い決意、そしてネットワークの形成と、それらを総動員した強い声、つまり民意が必要だと思う。ナイト・メア集団に黙れといい、経済論壇から退出を命じることである。

そして、当時の民主党の若手のように強い決意を持った人々、いまであれば自民党を中から変えようと努力している人達を応援することである。そうでないと民主党時代に日本を変えようとした人々が、結局、政治の世界から追い出されたように、また心ある人々を追い出してしまうことになる。

いま、まさにその時だ。皆でつながっていこう! 悪夢に打ち勝つために。民主党時代の悪夢を再現させないために。



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