見出し画像

竹からやり直したいかぐや姫【完全版】

「月ヒマすぎわろた。」
 天の羽衣が不良品だったので、かぐや姫は下界であったことを速攻全部思い出してしまいました。

 「帝っぴにLINEしよ……あ、電波ない、ぴえん……」


 綺麗なころも、豪華な食事に立派な神殿。不死身の身体、永遠の命。一生続く幸福。月にはなんでもあります。でも当然ながら、電波はありません。Wi-Fiも飛んでいません。しかし、幼少期から下界で暮らした姫には、スマホが使えないことが何よりの苦痛に感じました。

 「お父様ー、お父様!かぐ、やっぱさあ、翁パパんとこ帰るわ!生みの親より、育ての親っつーっしょ。翁パパも最後めちゃ泣いてたし。いっちょ、お願いしてもいい?」
 「かぐや姫や。身勝手を申すでないぞ。それに……それは無理じゃ。」
 「えっ、草生え。お父様なら楽勝でしょ?」
 「考えても見よ……カネが無いのじゃ。翁さんも、ワシも……。」

 そうです。月に住む実父も、下界に住む竹取の翁も、共通の苦しみを抱えていました。金欠です。言うにも及びませんが、かぐや姫が大きな原因です。月に住む父親は、竹の中から生まれたかぐや姫の養育費を支払うため、十八年に渡って下界の竹の中に金塊を転送し続けました。竹取の翁は、その恩恵を受けて富と名声を手にしましたが、かぐや姫はろくに働きもせず脛をかじり、貴公子の求婚も断り続けました。小中高一貫の女子校にも通わせました。赤字です。最後はわが子を手放し難く思い、とんでもない額の警備費を費やして月の使者を待ち受けたにもかかわらず、あっさりと手のひらを返し月に還ってしまったかぐや姫の背中を、翁は色んな意味で涙無しに見送ることができなかったのです。

 「そっか。うちの財政やばかったんだね。ごめん。かぐ、そこんとこ全然気づけてなかったね。」
 「やむを得ん。そなたも気付きようのないことじゃ。というわけで、とりあえず月で大人しく見合いでも……」
 父親がそう言いかけたとき、かぐや姫はマツエクで強調された目を見開きながら、あっけらかんとこう言いました。

 「やだよ。あたし、月も好きだけど下界も好きだもん。行くよ。今度はあたしが稼がなきゃ。お父様にも、翁パパにもめちゃ迷惑かけたってコトじゃん。あたし、正直『どうせ月に帰んなきゃだし。結婚しなきゃだし。大学行けないし。』って、下界の生活に投げやりだった。自覚あるんだ。をのこ達も超傷つけたよね。最後まじ、罪悪感やばくてひきこもってたし。」
「お、おう。にしても……」
かぐや姫は続けます。
 「それにさ、今後のことを考えて、月的にも下界とは太めのパイプ持ってた方が良くない?とりあえずさー、絶対倍にして返すから。行ってくるね。じゃ!」
 「ちょ、待てよ、かぐや姫よ!ワシの金も無しに、どうやって下の世界に行くと言うのじゃ!」
 「こういうこともあろうかと、ポイ活とアフィリエイトで牛車代は稼いでおいたー。んじゃねーっ。」
 「抜け目なーい!みやげはねんりん堂のバームクーヘンでよろしくのうー!」

 東京の明かりに下から照らされながら、牛車はゆっくりと下界に降りてゆきました。かぐや姫は、燦然と輝くiPhone12 Pro Maxの画面を見てほくそ笑みました。三日ぶりに5Gが入りましたが、電池はまだほとんど減っていません。そう、iPhoneだからね。

 「うーん、東京の空気はあいかわらず東京だな!アゲ!よし、まずは翁パパたちんとこに行かなきゃ。」

 🎋🎋🎋

 「翁パパー。嫗ママンー。かぐ、帰ったよぉ。」

 おや。竹下通りにあるかぐや姫の生家は誰もいません。無人の我が家を見て、三日前までここで蝶よ花よと暮らしていたのが遠い昔のように感じるほど、かぐや姫は懐かしく、また、いつもいるはずの両親たちがいないことに心細く思いました。

 「いないのかあ。留守かなあ。帝っぴに連絡してみんべ。」

 帝っぴとは、言うには及ばないことですが帝です。エンペラーです。しかしながら、かぐや姫にとってはマブダチでありズッ友であり、ベストフレンドフォーエバーな存在でした。

 帝っぴ、やっほい。かぐ、こっち帰ってきたよ。実家に寄って見たんだけど、誰もいなくって。💭
🗯かぐぽん!おかえりー。ほんとに月還ってて、まじでびびったんだけどw SPもめちゃ多かったじゃん。まあ、でも朕はすぐ逢えると思ってたよ。
で、帰ってきたら言わなきゃと思ってたんだけど、ご両親ならうちで働いてもらってるよ。
 え、ほんとに!ってことはやっぱり……💭
🗯うん、……言っていいのかわからないけど、暮らすお金がないからって泣きつかれちゃったんだよね。翁さんと嫗さんにはずいぶんお世話になったから、朕的にはずっとここにいてもらうつもりなんだけど、お二人ともすっかり意気消沈してしまってね。

 かぐや姫はたいそうショックを受けました。己の行いのせいで、知らないうちに大切な両親に苦労をかけ、親友の帝っぴの迷惑をかけていたこと。そして、少し考えれば理解しそうなことであるにもかかわらず、自分自身のことばかりを考えていたために、こうなると気が付けなかったこと。足元は覚束なく、視界はじんわりとにじみ、その場に立っていられないほどに心細い気持ちが襲ってきました。

 竹下通りの実家の近くには、派手でチープでセンセーショナルでポップな雑貨屋や洋服屋が立ち並びます。しかし、コロナ禍ですっかりひと気が少なくなった界隈は店仕舞いするテナントも多く、かぐや姫がもっとも輝いていたころの様子とはうってかわって、ひっそりとした空気が立ち込めていました。平日の夜は特に、まるで本物の竹藪の中にいるかのように静かで、己の咳払いの音がどこまでも遠くに響くようでした。

 かぐや姫は、竹で出来た家であったことを沢山思い出しながら、その夜はベッドでシクシクと泣きました。翁と嫗が生業としてきた竹取は、今は昔。竹の家には、使い道のない半端な茶色い竹があるばかりでわびしく、かつてかぐや姫が遊んだ竹馬も、翁が愛用していた青竹踏みも、嫗が作ってくれたたけのこご飯や笹飾りも、記憶の中にしかありません。かぐや姫は知らないうちに、すっかり多くのものを失ってしまっていたこと、それに気が付かずにいたことを惜しく思いました。

 「……ばってん、ここでワシまでへばってるわけにはいかんよってに!ここから出来ることを考えるんや!」



 🎋🎋🎋

 かぐや姫が着目したのは、実家に大量に残る竹材。そして、東京、渋谷区、神宮前というこの立地です。

 「昔、翁パパが竹でカゴを作って、明治神宮の近くで屋台を出して売って、そこそこ売れたって言ってた。ナチュラル系や小道具、民芸とかが好きな人向けに、なんかおしゃれに作ったら少しは売れるのでは。」

 インスタグラムや民芸品店などを見て、かぐや姫は研究をしました。なるほど、細くやわらかい竹を細かく編むと柔らかい雰囲気に。太い竹をビチリと編むと質実剛健に。しかし、YouTubeで動画などを見ながら一生懸命に編みましたが、なかなかうまくいきません。白い二つの手はたちまち切り傷と擦り傷だらけになり、かぐや姫はものを作る難しさをまざまざと感じました。当然、不恰好でガタガタのカゴは思うように売れません。

 それでもがんばるかぐや姫の様子を原宿駅で見かけた石作の皇子は、こっぴどく振られた過去を苦々しく思いましたが、意を決してかぐや姫に話しかけました。

 「あー、……かぐや姫ちゃん、だよね?月に帰ったんじゃなかったっけ。」
 「…え!いっしーじゃん!久しぶりー!帰ってきたんだよ。あの時は本当にごめんね。」
 「ううん、いいんだよ。僕も、偽物の光に頼らずにホンモノを追求すること、師匠から順序立てて学ぶことが何より大切だって、あの日かぐや姫ちゃんから学んだんだよ。今、鎌倉で石仏を作る修行をしてるんだ。今日は納品の帰りだよ。ところで、かぐや姫ちゃんは一体何をしているの?」
 「うん。実はね、実家がやばみだから、稼がないとって思って。で、竹を使っておしゃなカゴを作ろうとしてるんだけど、なかなかうまく行かなくって。」

 石作の皇子は、かぐや姫の作ったカゴを手に取り、しばらく考えました。今にも泣き出しそうなかぐや姫の顔は、今まで何度も猛アタックをしてきた皇子にとって見たくないほどかわいそうで、なんとかしてあげたい気持ちになりました。しかし、お金や他人の力でどうにかしてしまっては、かぐや姫のためにはならないことを石作の皇子はよく知っています。

 「……静岡県にね、とても有名な竹細工の職人がいるんだ。工芸の界隈ではとても有名な方なんだよ。一度、カゴ作りの様子を見に行ってみてはどうかな。」
 「わ、すっごいきれいだね。イケてる。こんなのだったら、ガチめで欲しいもん。ありがとう。見に行ってみるよ。」

 かぐや姫は、その後職人の工房に足繁く通いました。修行と研究を繰り返し、職人の技にはまだまだ遠く及びませんが、美しく実用的なカゴを作れるようになりました。ぽつぽつと、買い手の手に渡るようにもなりました。

 「一生懸命作ったモノが売れるってこんなに嬉しいんやね。かぐ、こんな気持ち初めて知ったわ。」

 🎋     🎋     🎋     🎋

 次にかぐや姫が着目したのは、竹布です。竹で作った布です。通気性がよく、涼しげな生地でワンピースやTシャツを作ったら、夏の灼熱ニッポン列島にぴったりで大バズりするのでは、と思い立ちました。

 かぐや姫は書物や研究データを読み漁り、家にある竹を細い繊維に、糸に、そして布にする方法を探りました。煮て、割いて、焼いて、叩いて……しかし、竹は手強く、ちっとも糸になる様子がありません。かぐや姫はまたも、途方にくれてしまいました。

 「そがんこつ言うても、まだ諦められんとたい。よし、繊維メーカーに聞きにいこう!」
 しかし、企業秘密であると軽くあしらわれ、かぐや姫は世間の厳しさを知りました。

 「あれ?かぐちゃん?」
 声をかけてきたのは車持の皇子です。彼もまた、かぐや姫が振った御曹司の一人です。

 「くらちゃん!久しぶり。あ、あの時はごめんね…」
 「ううん。むしろ、しっかり振ってくれたから引きずらずに今も前を向けているんだよ。……ところで、そんなにたくさん竹を持って、どうしたの。」
 「うん。今ね、竹で布を作ろうとしているの。だけど、どう頑張っても自分では布に出来なくて。今、繊維メーカーに助けを求めたんだけど、断られちゃった。」
 「……家内制手工業で竹を繊維にするのはかなり難しいんじゃないかな。俺ね、君に振られてとても反省したんだ。人の力に頼ってばかりでいても、自分自身の力にはならないって。でも、自分でも得意な分野で研鑽して、それでも力が及ばないところは他人の力を借りるってのはどうかな。得意と得意がかけ合わさったら、パワーは二倍にも三倍にもなるんじゃないかな。」
 「!!まじ目から鱗なんだけどーーー!」

 かぐや姫は、竹を繊維にした実績のある会社を何社もリサーチし、商談をもちかけました。また、自身が得意とするファッションやデザインの分野を生かし、何枚も試作を繰り返しました。まずは、手作りマルシェなどでの草の根活動。SNSでのブランディングはもちろん、自らもモデルとして竹の服を着用し、フォロワー数を地道に増やしました。
 親友の帝っぴも「これやば涼しいな」と大喜びで、つまり宮内庁御用達だと話題になり、竹でできた服は一大ブーム、そして大定番へと進化しました。

 「一人だけでは行き詰まってたことも、誰かの力と掛け合わせるとうまくいくこともあるんやね!トラブルもあるけど、一生懸命作ったモノが売れるとやっぱり嬉しいでかんわ!」

🎋🎋🎋

 その後、ほっぺたが落ちるほど美味しい竹輪、TOKYOネオ笹飾り、ソロキャンプブームに乗っかって竹で出来たキャンプ道具や竹のスマホケース、竹で出来た半導体や有機elテレビなど、かぐや姫は竹でありとあらゆる世相にあったものを作りました。製品一つ一つにドラマが宿り、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御幸や中納言石上麻呂足たちも共に歳を重ねつつ、良きビジネスパートナーとして切磋琢磨しました。

 すっかり中年になったかぐや姫は、立派な家を拵えました。帝っぴの家の隣にです。帝っぴとはズッ友ベストフレンドフォーエバーです。バリアフリー完備、セキュリティ抜群。そしてそれらは、自らを愛情込めて育ててくれた翁と嫗のためでもありました。しかし、そんな順風満帆なかぐや姫にも、まだまだ困ったことは尽きません。百歳を越してもなお元気な翁と嫗でしたが、ときおり、二人がうわごとのように「あの頃のように竹に触れたい」と繰り返すことでした。コンクリートジャングル・トーキョー。あれから何年も経ち、すっかり元の賑やかしさを取り戻したトーキョーの街には竹藪はありません。それでも、二人の心細そうな声、悲しげな表情はかぐや姫をかき立て、切なくしました。

 「……せや、アタシはかぐや姫。竹で家具を作って見てはどうだろうか。これぞ本物の、『カグヤ姫』なんつって!なはは。」

 ソファ、ベッド、テーブル、椅子……これまで竹材を駆使してありとあらゆるものを拵えてきたかぐや姫でしたが、永く強く心地よく使い続ける家具を作るのは、やはり簡単ではありません。それに、竹は竹。軽い素材で扱いやすいが、やはり硬く、座り心地や寝心地が悪いのは確かでした。

 「竹だけで……っちゅうのは、土台無理な話かもしれまへんなあ。」

 ある朝、月からうさぎの使者が二羽やってきました。ひどく腰が低く、なにやら申し訳なさげです。聞けば、不良品で速攻使い物にならなくなった、天の羽衣メーカーの営業社員だと言います。なかなかねんりん堂のバームクーヘンを持って帰省しないかぐや姫にしびれを切らした父親が遣わした者たちでした。

 「姫様。姫様。この度は、……というのももう何年も経ってしまいましたが、天の羽衣が不良品で申し訳ございませんでした。こちらでお父上に連絡してください。月phoneです。ようやく月にも電波が届くようになったのですよ。」
 「いや、うさちゃんたち。それどころじゃないんやよ。アタシ、マジかぐや姫のくせに家具作りで苦戦してて…くやし姫だよ……。お父様にはねんりん堂の一番デラックスなやつに、クラブハリエと治一郎と京ばあむをプレゼントするから、まだしばらく帰省できないって伝えてちょ。」
 「姫様、おいたわしや……。ところで、何にそんなに苦戦しておられると言うのです。姫様の竹扱いは、月にまで及ぶ評判です。よもや、竹で作れぬものなどないのではないでしょうか。」
 「竹で丈夫な椅子やベッドを作るところまでは、うまく行っているの。でも、なんか超硬いんだよね。寝てられないし、座ってられないぐらい。竹だけに猛々し……」

 うさぎたちは、耳をぴょこんと動かし、瞳をキラキラさせ、嬉しそうに声を合わせました。

 「姫様!我ら、アマノハゴロモカンパニー!雲より柔らかく、綿より軽い天の素材で、姫様のお悩みを解決してみせましょう!」

 うさぎたちが指をパチリと鳴らすと、虹雲色した大きな布巻きが天から降ってきました。淡く、それでいて深い色をしたこの布は、姫の作った竹の家具に布張りする生地としてとても相性がよく、ふんわりとしたクッション性を誇りこの世のものとは思えないほどやわらかく、ハリのある素材でした。まあ、月製だし、この世のものではないのですけれど。

 「わー、ソフトー!まさか、こんなすごい生地と巡り会えるなんて。これで、翁パパも嫗ママンも心地よく暮らすことができるね。」

 かぐや姫が作った竹の家具と、アマノハゴロモカンパニーの虹雲色した生地で作ったソファやベッドは評判が評判を呼び、少子高齢化・超長寿化が進んだ月でも地球でも、まるで若返るような心地だと、注文の電話が鳴り止みませんでした。


      🎋🎋🎋  🎋🎋🎋

 あいも変わらず、かぐや姫は竹ビジネスに磨きをかけます。その働きっぷりは、もはや国内や月にとどまらず世界を、宇宙動かすもので、決して労働力の搾取や無理な竹林伐採をしないかぐや姫のビジネスモデルには、たくさんの賞賛の言葉が降り注ぎました。


 「月ヒマすぎわろた。」

 退屈に負けそうな時、かぐや姫は「竹からやり直そう」と自らの襟を正し、今日も十二単を引き摺って家から飛び出して行くのでありました。


めでたし、めでたし。

🌾この作品は、実際の竹取物語、かぐや姫の物語から大きく乖離しているパロディ作品です。両作品のファンの方、ごめんなさい。
🌾かぐや姫のシンデレラストーリーです。

 



いただいたサポートで船に乗ります。