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「年金75歳法案」朝日新聞見出しのミスリードについて

 「郵送やネットでできる年金手続き・相談」という情報発信を始めようと思い立ったところですが、ちょっと看過できない新聞記事が……というより、新聞見出しがあったので、今回はそのお話を。

年金開始75歳法案、14日審議入りへ 「緊急事態」も先送りせず(朝日新聞デジタル)

 まず表面的な事実を整理すると、現在、厚生労働省は新型コロナウイルス対策の所管省庁として対応に追われている中で、年金制度改革法案の国会審議を先送りすることも検討されていた中で、結果的には来週から審議入りすることになった、という記事です。

 問題は、この「年金75歳法案」という見出しです。
 この朝日新聞の記事は有料会員向けであるため、ログインをしていなければ、中途半端な情報量の冒頭部分しか読むことができません。
 年金制度の議論について専門的な知識を持たない方の中が、この見出しと冒頭部分を読んで、「75歳にならないと年金が受け取れない」(老齢年金の支給開始年齢を75歳に引き上げる)という趣旨ではないと読み取るのは、さすがに難しいと思います。

 それでは、「年金75歳」の本来の意味とは?
 細かいことは抜きにして大雑把に説明すると、
現在は老齢年金の受給を始める年齢を「60歳~70歳の範囲内で選択できる制度」になっているのを、「60歳~75歳の範囲内で選択できる制度」に拡大するというものです。

 もう少しだけ詳しく突っ込むと、老齢年金の額の計算は、通常は「65歳から受給する人」を基準としています。
 そのうえで、65歳よりも早く受給開始を希望したら、その分だけ減額された年金を生涯にわたって受給します。ただし、60歳よりも前から受給開始することはできません。
 一方で、65歳よりも遅く受給開始を希望したら、その分だけ増額された年金を生涯にわたって受給します。ただし、70歳までには受給開始することになっています。
 今回の制度改正案は、この「70歳」という上限を「75歳」に拡大して、その分だけさらに増額された年金を受給するという選択肢を増やすものです。今回の改正案に関して言えば、たとえば65歳から受給したら従来より減額になるとかいった類のものはありません。
 もちろん、こういった制度改正が提案されるには、相応の社会的意義(言い方を変えれば「政府の思惑」)があるようなのですが、その点は、いずれ別の機会があればお話しいたします。

改正案の内容を、もうちょっと正確に

 少し古い記事ですが、この改正案が閣議決定されたときの日本経済新聞の記事があります。こちらの方が、概ね正確に改正法案の内容を説明しているのが分かります(気になる箇所がないわけではないけど!)。
公的年金、75歳から受け取り可能に 改革法案を閣議決定(日本経済新聞)
年金改革、働く高齢者の「自助」後押し 法案閣議決定(日本経済新聞)

 ここに挙げられている「在職老齢年金の見直し」「短時間労働者の厚生年金保険適用を順次拡大」「年金手帳の廃止」は、年金手続きの実務に携わっている私としては、「年金75歳」が云々よりも遥かに皆さんへの影響が大きい改正です。
 とはいえ、これらはいずれも以前からある程度は予想されていた範囲内の事柄であり、国会の議論や現場の対応も、比較的スムーズに進むのではないかと、個人的には考えています。

朝日新聞さん、厚生労働省の仕事をこれ以上増やさないでください。

 要するに、私が訴えたいのはコレ!
 一般的に、新聞の見出しは限られたスペースに文字数を収めるため、記事の内容からコンパクトに言葉を削っていくものと言われています。朝日新聞の「年金75歳法案」という見出しも、出来うる限り善意に(お人好しな?)解釈をすれば、見出しをコンパクトにする過程でニュアンスが変わってしまったものということになります。

 しかし、今回に関して言えば、専門家ではない方々にこれで誤解するなっていう方が無理ですよ。

 その結果、何が起こるかといえば、新型コロナウイルス対策で、不要不急ならぬ不眠不休の対応をしている厚生労働省に、記事の内容を誤解した方々から問い合わせや苦情が届くことになるのです。
 制度改正に関する国民の皆様からの貴重なご意見ならともかく、今回発生するのは単なる誤解をもとにした苦情対応ですから、本来やらなくて済むはずの無駄な仕事です。

 校正上の不手際なのか、わざとやってるのかは知りませんが、朝日新聞の不用意な見出しは、そういう仕事を厚生労働省に増やして、新型コロナウイルス対策の情報収集や意思決定を遅らせるリスクを孕んでいるものと言わざるを得ません。

 不幸中のせめてもの幸いは、今のところ、政府と対峙する野党各党の議員さんが、朝日新聞の見出しを鵜呑みにすることなく、冷静に対応されていることでしょうか。
(議員の方々にもそれぞれの専門分野があるので、専門外のことではマスコミ報道をもとに頓珍漢なリアクションをされるケースは往々にしてあります。)

各記事に共通の免責等事項

・この記事は、個人が作成しているものであり、政府、厚生労働省、日本年金機構等の公的機関の監修を受けているものではありません。
・記事の内容は、作成時点で執筆者が入手していた情報によります。
・この記事を参照して行われた相談、手続き、調べ物等の結果に関して、執筆者は一切の責任を負いかねます。
・記事の正確性には慎重を期していますが、万一、説明に誤りがあった場合にも、執筆者は一切の責任を負いかねます。

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