超短編|肌寒い朝に
ひやりとした空気が、肌を突き刺す朝だった。
冬の朝の空気は、いつも澄んでいる気がする。澱んだ心を洗ってくれる感覚があって、好ましい。
「寒い寒い」と繰り返し、「冬は嫌いだ」と文句を口にする人たちは、わたしとは違う感覚で生きているのだろう。
隣で、両手に息を吹きかけている男もまた、わたしとは違う感覚を持っているのだろうか。
わたしの視線に気付いた男が、わたしを見て、にかりと笑った。
「寒いのは苦手でさ。春が恋しいよ」
ほんの少しの寂しさが、心臓を撫でる。男と感覚が違ったところで、別にどうでも良いだろうに。だって、所詮は他人なのだから。違うのは、当然だ。
「でも、夏よりは冬が好きかな」
わたしも、暑い夏は苦手だなあ、とぼんやり考えた。
不意に、男の左手が、わたしの右手を攫う。呆けた顔をすれば、男はまた、歯を見せて笑った。
「こうして手を繋いでも、お前に文句が言われないしな」
握られた手を見詰める。とくとく、と今日初めての心音が、耳の裏で響いた。
馬鹿な男だな、と頬が緩んだ。嫌いな夏でも、文句なんて言わないよ。
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