見出し画像

3-02「なにげない午後の風景」

7人の読書好きによる、連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。
前回は藤本一郎の「ギャルになりたい男PizzaLove、その結末...」です。今回は、S.Sugiuraの【なにげない午後の風景】です。それではお楽しみください!
【杣道に関して】
https://note.com/somamichi_center/n/nade6c4e8b18e

【前回までの杣道】
3-01「ギャルになりたい男PizzaLove、その結末...」/藤本一郎
https://note.com/b_a_c_o_n/n/ne3613bd398c5

_____________________________

画像1


歩く。僕は、歩く。僕は、革靴の音を、楽しんでいる。僕は、歩きながら、上を見上げて、空を眺める。
眺める。僕は、眺める。今日は、まるで海をひっくり返したような、濃い青の空である。僕は、今日は雨の心配がないと、思う存分散歩ができると喜ぶ。だから今日は、下ろし立てのコートを、濡らす心配もないからこの光沢を、思う存分愛でようと思う。この美しいコートは、顔見知りのテーラーに仕立ててもらった僕の身体に過不足なくぴったりなコートで、まるで、僕がオーダーするのを待っていたかのようだなと、思う。
止まる。僕は、止まる。目の前の信号が、青から赤に、変わる。すぐそこの、ウィンドウに写る自分の姿を見て、惚れ惚れする。下ろし立てのコート、主張し過ぎないネクタイの結び目、絶妙なバランスのシャツの袖の出方、脚の形に見事にフィットしたスラックス、磨かれているが嫌味ではない輝きの革靴。それは、鏡ではないガラス越しの、ぼやけて見える、透明に近い自らの姿でも、その美しさは際立っている。完璧だ、と僕は思ったが、ふと髪型に視線をうつすと、前髪のクセ毛が妙に跳ねていて、それは例えば美しい額縁の唐草の一本がバランスが悪くはみ出しているような、そしてそれが中の絵画作品まで崩しているような思った。さっきまでの、いわば幸福の時間、ベートーヴェンの「ロマンス」が流れているような美しい空間は、雷に撃たれたギリシアの神殿の如く崩れ去り、そして全てが無くなり過去のものになり、私はこの世で最も醜い彫刻へと変わっていくと落胆していると、目の前の信号が赤から青へと変わる。
私は誰も信じられず不安の中にいる。漠然とした、不安。すれ違う人、すれ違う人、目が合う。私の容姿はなんて醜いのだと、なぜそんな醜いものが歩いているのかと、皆、嘲笑っている。
私は神の沈黙を感じ孤独の中にいる。漠然としたその孤独は、私の心を傷つけていく。まるでそれは、処刑される直前のイエスの如く、苦悩と苦痛に満ちた苦行のように思う。私は、ウィンドウを見ないように、誰とも目が合わないように、早足で歩く。その美しく磨かれた革靴によって奏でられる靴音は、その苦行での唯一の癒しであり、それはまるで慈悲深き聖母が奏でるストラディバリウスの響きのように聞こえる。
カフェを見つける。僕は足早に、誰にもみられないように入る。「何名様ですか」と店員は聞いたので、下を向きながら「1人です」と言う。席に通されるとメニューも見ずに「コーヒーと」店員に言って、そそくさと、誰にも見られないように、トイレに向かう。

鏡で髪型を直した。
軽く癖毛を濡らした後、櫛で後ろへと流した。
綺麗に整えた後、ネクタイの結び目も少し直した。
完璧だ。
雷雨だった天気は雲間から光が差し始めた。
その光は崩れ去った神殿の欠片を繋ぎ合わせ、
天使たちは永遠の眠りから醒め、音楽を奏で始めた。

戻る。席に、戻る。戻る間の、座る人々の視線は、まさに羨望の眼差しである。私の背後には、ボッティチェッリのプリマヴェーラのような花々が続き、私はこのカフェの唯一の花になろう、そうと思う。

私が席に座ると、店員が待っていたと言わんばかりに喜んでコーヒーを運ぶ。外の日差しは、私のスポットライトの如く、光り輝いている。窓ガラスには私が映っていて、背景にバーカウンターが、その先には外の風景が、レイヤー状になっている。外には美しい装い、私ほどではないものの、目を惹く人物はたまにいる限りで、ごく普通の人々が目の前を歩いてゆく。彼らにも人生があって、私にも人生があって、私は美しく生きているが、彼らはなぜ、美しく生きようとしないのか。私は美に生き、美に死ぬ、そう思っているとふと、歩道でゆっくりと歩いている老婆が、私の目に入る。窓ガラスの上で、その奥でゆっくりと歩を進める老婆の姿と、私の顔が重なると、私は私の顔に残る、母の面影、つまりは目の形から私の幼少時代へと、意識を向ける。

生まれた。私は、生まれた。父と母はあの日、星が輝く元で結ばれ、私は生まれた。私は結び目のようなもので、互いに違うものによって生まれ、1+1は1となった。けれど私は、例えば鏡像のような存在で、私は私を見ることができず、常に1は1でしかなく、私は私以外の人物と結べていないことに気がついた。私はそれを考えている時、宙を見ていて、何も焦点があっておらず、けれど疲れていて、それは、私は何も見ていないのにも関わらず何か多くのものを見ていたからだと思った。私は鏡の中に、反射の中に生きていて、この世にいない、実体はないのではないかと、私はただの幻のような存在であると思い、それを打ち消すためにもガラスに映った自らの姿に焦点を合わせ、私に触れようと思った。

私は既に歳をとっていた。
私はかつては若く美しかった。
私はドリアン・グレーの肖像画を持っていた。
私はその絵画はただの虚像だったと気がついた。
私はドリアン・グレーの絵画は既に白地のキャンバスに戻っていた。
私は全てを既に失っていた。
私はどこへ。
私はいつ。
私は。

すると道端で遊んでいる子供が目の前でガラスに向けて石を投げた。
石は放物線を描き、窓に当たり、ガラスは割れた。
私は砕け散った。
店内の人々は慌てふためいて席から立って外に出た。
子供たちは散っていった。
店員は子供を捕まえようと外に出た。
机の上には飲みかけのコーヒーや食べかけのサンドイッチだけが残された。
残されたのはガラスの欠片が映す、ただただ青い空だった。

__________________________________

次週は2/21(日)更新予定。担当者は親指Pさんです。お楽しみに!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?