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小匙の書室61 ─堕天使拷問刑─

 ボーイミーツガール×悪魔×ミステリー。
 彼女は月へ行けたのだろうか?


 〜はじまりに〜

 飛鳥部勝則 著
 堕天使拷問刑


 この時を待ち侘びだ読書家は、どれだけいただろう。
 2008年に出版された本作は流通量が少なく、いざ手に入れようと思ったら最高で三万円を支払わなければならないほど、一読者にとって入手困難な書籍でした。
 読みたいのに、高額転売されている。
 図書館でも読んだが、手元に置いておきたい。
 かなしいかな。ミステリ好きは、『堕天使拷問刑』という書籍の存在を知るばかりで手中に収められないという、まさに拷問を受けていたのでした。
 ところが!!
 それら意見を受けて立ち上がった株式会社書泉──もとい芳林堂書店が早川書房に打診し、話し合いの末、ついに昨年9月『堕天使拷問刑』は復刊される運びとなったのでした。

 ありがとうございます!!!

 そんな書籍ですから、いざ手元に届いたときには「おぉぉ……」とただ語彙力を放棄するばかりでした(好きなアーティストのライブに行ったとき、本当にそこにいるのが信じられなくなるあの感覚と一緒です)。

 本作は二段組なのでやや臆してしまったのは否めませんが、それでも私は「えいやっ」と意を決して作品世界へ飛び込んで行きました。

 ………………ほぉ。

 こんな内容だとは予想していなかった!!!!


 〜感想〜


 最初こそきちんと世界観に順応できるか不安だったけれど、30頁も読み進めれば「おや、気付けばもうこんなに読んでしまっていたのか」という現象に取り憑かれていました。
 途中から二段組の小説を読んでいる感覚は薄まり、私はすっかり『堕天使拷問刑』にのめり込んでいくのでした。

◯ツキモノイリ、ツキモノハギ。ヒトマアマ……如月タクマが移ってきた僻村にこびり付いた因習。
 舞台となるのは、とある郊外の僻村。
 両親を亡くし、母方の実家に引き取られた如月タクマは新たな生活を始めるのですが、初っ端から村(町)を取り巻く険呑さが滲み出ています。
 「お前はツキモノイリだ」という理不尽な指摘から始まる町での生活。ツキモノイリとは何かを発端に、タクマは身を寄せる大門家の裏側や町の因習を知ることとなるのです。
 ツキモノハギの内実が露わとなってからはいよいよ物語が大きく動き始め、それと同時に町を漂う空気も一変。得体のしれない存在もちらつき、ヒトマアマには背筋が凍る思いでした。
 通奏低音にあるしきたりの呪縛が余所者であるタクマの視点で描かれることで、町の歪な形が浮き彫りとなり、ミステリでありながらホラーの味わいも堪能できました。

◯連続する猟奇殺人は、悪魔の所業か。人のトリックか。
大門家の家長を襲った密室惨殺。とある一家の三人首斬り殺人。この二つの事件は、その内容から悪魔の所業としか思えないのです。でも、人の関与は必ずあって然るべきだという考えが、謎を複雑化するのでした。
 さらにはタクマの身の回りで関係者が次々に亡くなり、人ならざるものの力が働いているようにしか思えなくなってくるのでした。
 いや〜この真実には驚かされましたね。
 しっかりと伏線が張ってあって、「それをそこで回収するんだ!」という高揚がありました。

◯不条理に抗いながらも育まれていくボーイミーツガールと青春。
 閉塞的な町という陰湿な空気に晒されながらも、タクマの前には魅力的なヒロインが現れます。オカルト研究会の部長、京香。そして謎のオーラを放つ二年の美麗。
 青春小説的な興趣を京香が、物語を彩る神秘性を美麗が担っていました
 主人公達は中学生ではあるのですが、言葉遣いや立ち居振る舞いが最低でも高校生のそれであり、やり取りされる機微はどこか魅惑的でもあったのです。
 どちらが最終的に残るのかとかではなく、それぞれとの対話の中で芽生えるタクマの感情を楽しんで頂きたい。
 また京香と同じオカルト研究会に所属している不二男との友情物語もよかったです。彼も例に漏れず大人びていて、だけどたまに滲んでくる中学生らしさはどこか微笑ましかった。ままならない状態でも手を差し伸べてくれる存在は尊いですよね。

◯テーマは、『塔と悪魔』
 『堕天使拷問刑』は同著者による『黒と愛』『鏡陥穽』と並んでゴシック三部作の一つといわれています。
 扱われるテーマは、塔と悪魔
 塔が何を表すのかはネタバレに抵触しかねるので記せませんが、一方の悪魔は本作全体を通して存在を漂わせているので、多少は語っても良いことでしょう。
 大門家の密室惨殺事件を端緒に、タクマの心を巣食うのが悪魔の存在です。それは悪魔の話であったり悪魔崇拝であったり……と様々な形で現れ、次第に読者の心にも侵入してくるんですよね。
 ちなみに「難しそうだな」というのは杞憂です。読めば読むほど奇怪な事件と悪魔の関連性が浮き彫りになってきて、先述した「犯人は悪魔か? 人間か?」が気になって読む手が止まらなかったです。
 もうね、悪魔の興趣を味わいたいなら、これを読め!
 と、私は思うのでした。

◯彼女は月へ、行けたのだろうか。
 プロローグから記述される、この問い。
 タクマの心に深く刻まれる “彼女” の存在。
 折に触れて胸を過ぎる “彼女” と “月” 。
 エピローグで滲む感傷。
 『堕天使拷問刑という物語に込められた意味が判明したとき、私は「そういうことですか〜〜〜!」とため息が漏れるのでした。


 〜おわりに〜

 いや〜ほんとに面白かった!!
 まさかこんな読後感を得られるなんて。
 章題の意味もきっちりその章内で回収されるし、読んでいて心地良くもありました。『堕天使拷問刑』の意味が判明したときには二重の意味で肌が粟立ったものです。
 二段組ではあるものの読みやすい文章なのでするりするりと物語にのめり込んでいけるので、長編に挑んでみたいという方にも非常にオススメできます。
奇想天外なミステリとしても、ボーイミーツガールとしても至高の一冊です。

 ああ、飛鳥部先生の作品はまだ2冊も読めるんですね……。

 それにしても──復刊がなければこの物語と出逢うこともなかった、と考えると、芳林堂書店さんには頭が上がりません。
 今後、殉教カテリナ車輪も待っているので、そちらも楽しみです。

 ここまでお読みくださりありがとうございました📚

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