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小匙の書室77 ─旅する練習─


 歩く、書く、蹴る。
 一つの旅を通して人生を見通す、ロード・ノベル。


 〜はじまりに〜

 乗代雄介 著
 旅する練習

〈あらすじ〉
 中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。
 コロナ禍で予定がなくなった春休み、ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。
 歩く、書く、蹴る――ロード・ノベルの傑作!

講談社BOOK倶楽部サイトより

 ⇧以前にこのような記事を書き、そこでご紹介した小説の感想となります。ぜひそちらと併せてお読み頂けると嬉しく思います。

 ロード・ノベルをあまり嗜んだことがないため、そこにある興趣を味わえたらいいな……と思いつつ、ページを捲っていきました。


 〜感想〜

 登場人物は3人。
 小説家である叔父の私。
 サッカー選手を目指す姪の亜美。
 人生に対する価値を失っている、みどり。

 ささやかな出逢いやきっかけを通して、少しずつ拓かれていく人生の意味が、様々な温度となって胸に迫って来ました。
 その上で(やや難しさを覚えたのは否めないものの)本書を読んで感じ取ったことなんかを挙げていきます。

◯舞台は、コロナ禍。
 作品が単行本として上梓された当時はコロナが猛威を奮っていました。
 あのとき、町という町から人の姿が消え、その風景がどこか新鮮に映ったのを覚えています。その感覚が本書を通して追想することができました。
 だからこそ、亜美はドリブルしながら堤防を歩くことだってできたのです。

◯叔父の『私』と姪の亜美。二人の平凡な関係。
 ロード・ノベルということで、本書は我孫子から鹿島までの道のりを歩く流れが描かれています。
 親戚であるものの二人の関係性はラフな感じ。特に亜美の振る舞いは溌剌としていて、時に大雑把なところがいい塩梅で脱力を与えてくれました(背伸びするような感性や無意識に人の心を動かすこともあるのに、オムライスに目がないというのが微笑ましかったです)。
 本作の主人公は『私』ではなく、亜美と言えるでしょうね。
 『私』についても、こんな風にして気楽に接してくれる叔父さんがいてくれたら楽しかっただろうな、と少し憧憬を抱いていました。

◯旅路にある『練習』は、何を与えるか。
 タイトルは『旅する練習』であるけれど、作中では『練習の旅』と表されています。
 『は風景描写を、亜美はサッカーの練習をしながら旅を進めているのです。
 『私』によるいわゆる作中作としての自然や風景描写が良くて、月並みな表現になってしまいますが、地の文とあわせて実際にその地を訪ねているかのような気分になりました(Googleマップで眺めたりした効果もあるかもしれないです)。
 亜美もドリブルやリフティングに励んでいて、その底にある芯や想いの強さがやがて出逢うみどりや少なからず私に影響を与えて──と、二人の『練習』は作中の枠内に留まるだけではないのです。

 で、読み終えた後、『私』の鍛錬の成果がぐわっと伝わって来て心が震えました

◯人生に、価値を見出すための一歩。
 『私』と亜美の他に、みどりという女性がいるのですが。彼女はコロナ禍の影響で、人生を歩んでいく意味を失ってしまっているのです。
 みどりは自分のことよりも他人を優先してしまう性格。その裏側には私も共感できる理由があって、だから彼女を介して亜美からもたらされる気付きは胸に沁みました。
 何のために人生を進んでいくのか。
 何がしたくて、生きていくのか。

 好きなものがあればこそ、どうしても手放せないそれが人生に絡んでいればこそ、読んでほしい。
 またそれだけでなく、みどりの吐露する『我慢してきた理由』が最大の共感ポイントで泣きたくなりました。

◯もう一度、読み返したくなる。そう思わせる、展開。強い、忍耐。
 先述したことではあるのですが、やっぱりどうしてもこれは綴っておきたいのです。
一読目では亜美の存在が照らしてくれる人生の意義に胸を打たれるのですが、二読目をするにあたって読者は、「この旅を通して『私』が得た経験が活かされている文章なんだな」という気持ちになれるのです。
 そりゃ泣くよ。
 生きていれば避けては通れないことを、『私』は旅の中で培われた経験を元に、最後まで書き切っているわけですから。

そこにある小説家としての矜持が、素晴らしい
これこそが、小説家として最終的に至るべき本質であり、そこへ向かうことを『旅』と呼ぶのなら、『私』は『旅する練習』をしていたと言えるのだ


 〜おわりに〜

 200頁未満ではあるものの、そこにあるのは濃密な人生観でした。
 この小説は、一読だけで拾い切れない感性が転がっています。だから二度、三度と読み込んでいくことで作品の深部に迫ることができるのだし、そうしていくことで震えるポイントも増えるのかもしれません。
 作家さんが称賛していたのも頷けるってものです。

 映像作品としても堪能したいですね。

 ここまでお読みくださりありがとうございました📚

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