【小説】ラヴァーズロック2世 #49「おしるこ」
おしるこ
その日は珍しく、喫茶ワンドロップからではなく、見知らぬリビングから1
日が始まった。
涼音を尾行するように歩き回った、あの日々の記憶はいくつか存在するのだが、ストーカー男子を目撃したという決定的な記憶はまだないままだった。
そもそも、涼音のいうストーカー男子など本当に存在するのだろうか。
ロックは何だかしっくりこない調度類に囲まれながらも、リビングでまったりしようと努力してみる。
屋外の些細な物音。遠くから聞こえる車のドアを閉める音。小鳥のさえずり。通り過ぎる子どもたちの少しだけ興奮した話し声。それらが他人行儀なこの部屋の静けさを一層引き立たせていた。
いきなり後ろから抱きつくように、涼音が接続してきた。
魚眼レンズに極限まで近づいたような、いびつな顔でこちらをうかがっている。
「すぐ来て……」小さく押し殺したような涼音の声。
「え? 何?」
「ストーカーに決まってんでしょ!」
坂道を上る涼音の後ろを、例のストーカー男子が一定の距離を保って尾行しているらしい。
これはまずい。頭の中で不意に大きな破裂音がして、一瞬周りが真っ白になる。が、すぐに気を取り直す。
ロックは玄関でサンダルを履く。玄関にはレトロな磨りガラスの引き戸があって、これも初めて見る光景だったが、不思議そうに眺めている暇はない。
坂を下って間もなく、遠くに涼音の姿が見えた。
緊張のためか、彼女の身体がこわばっているのがここからでもよくわかる。
不謹慎なのはわかっているが、何だか自然と笑いがこみ上げてくる。
涼音の後ろを歩く男子が、やっと認識できる距離になってきた。
やはり自分と同い年くらいの少年のようだ。
背は割と高いが線は細そう。これならば何とかなりそうな気がする。
ロックは心の準備をしながら素知らぬ顔で歩き続ける。
涼音との距離が段々と近づいてくる。
ストーカーと鉢合わせしたとき、いったい何をどうするのか、涼音と打ち合わせておくべきだった、と今更ながら後悔する。
ついに涼音との距離は最短になり、そのまま見知らぬ者同士のふりですれ違う。
ロックは自然な態度を装いながら、なおも男子との距離を詰めていく。自然と拳に力が入る。
すれ違う一瞬前、ロックはストーカー男子の前に躍り出て、ゆく手をさえぎった。
男子は後ろ髪を引っ張られたように、急に頭をガクンとのけぞらせて立ち止まった。
ロックは、両手を広げて立ちはだかる自分自身の姿を思うと、妙に可笑しくなってきて、満面の笑みになってしまう。
はたから見たら、異常者は明らかにロックのほうだ。
涼音の近づく足音が後ろから聞こえる。
ここから先は
¥ 100
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?