「就業規則は社員が10人になったら作成すれば良い」、○か×か?
正解は○です。労働基準法は、常時10人以上の社員を雇用する事業者に対し、就業規則の作成・届出義務を課しています(第89条)。
では、次のような設問だとどうでしょう?
よく耳にする問いですが、これに対する回答は、正直、○も×もあり得ると思います。(教習所の筆記試験問題で出てきたら、いろんなケースを想像してしまって、すぐに答える自信がない)
会社が働き方にかかるルールを網羅的に定めておくこと、そしてそれを社員側もいつでも確認できるようにしておくことは、働きやすい職場環境作り、トラブルが発生した際の措置、いずれの観点からもとても大切なことです。
一人でも社員を雇用する経営者であれば就業規則の内容を全て理解している、という状態を作れるのがお互いにとって理想だと思いますし、社労士の自分としては少しでもその理想に近づけられるように情報を噛み砕いて伝えたい。
とはいえ、それはあくまでも理想なので、リスクとリソースの観点から優先度をつけて対応を取捨選択すべきでもある。
知識や時間が限定的な中で中途半端に就業規則の雛形をそのまま用いて形式を整えても、中身の理解を伴わず実態にそぐわない規程だけ存在している状態は、会社を守る要素も当然あるかもしれないが逆に会社を苦しめる場合も十分にあり得ます。
例えば、給与計算について、内容を理解せずに雛形の規程だけを用意していると、次のようなことが起きる可能性があります。(あくまで一例です)
就業規則という形で定める項目群について、上記のようなギャップを生じさせない程度に内容を理解した上で整える、というのは難しい(が、だからこそ非常に大切でもある)ことです。
そこで、本noteでは「経営者が就業規則の内容を全て理解している」という理想に近づけるための一歩として、次のテーマの解像度をあげることを目的にしたいと思います。
「給与」について、決めておくべき項目には何があるのか
給与、別の言い方をすると賃金については、就業規則の中で「賃金」という章立てをして定めることもありますし、「賃金規程」という名称で別規程に切り出して定めることもあります。
賃金は社員が一人でも最低限発生するものです。就業規則の一部である「賃金規程」ではいったい何を決めておくのか、「こういったケースはどう整理するんだっけ?」という視点で各項目を眺めてみてください。
■賃金の種類、支給要件
会社が支払う賃金の種類を網羅的に記載します。
基本給のほか、必ず発生するのは残業代(=割増賃金)。その他、会社のルールに応じて各種手当があり、それぞれ、支給要件や金額を明確にしておく必要があります。
また、賞与、退職金についても、同様に記載が必要です。
例えば、通勤手当について決めておくべきことの例としては、
リファラル手当も、支給要件の明確化及び、人材紹介フィーと扱われることのないように、支給する場合は必ず規則に記載しましょう。
(長くなるため以下、派生論点として…)手当の支給要件を定めておくことは、単にその手当を支給するかしないか、だけではなく、給与計算において最も重要と言っても過言ではない「割増基礎単価」の計算にも関連してきます。
割増基礎単価とは、残業代を計算するときに用いる「1時間あたりの賃金額」です。(下の図の青い部分)
この1時間あたりの賃金額を計算する時に除外することができる手当は、法律で列挙されているものに限られています。(詳細はこちらをご参照ください。)
「1時間あたりの賃金額」の計算に含めるべきものを含めていなかった、というのはかなりの頻度で起こり得ることなので、そういった観点でも、会社が支払う賃金の種類とその要件を網羅的に明確化しておくことはとても大切と言えるでしょう。
■支払方法
労働基準法の原則は「全額通貨で直接払い」ですが、社員の同意を得た場合には銀行口座への振り込みが可能です。(これ、現在の常識からすると逆では?とも思えてしまうところですが…)
また、法律上定められた社会保険料や住民税などは、控除した上で支給することができます。
■締切日及び支払日
どの期間分を、いつ支払うか?
※なお、締切日と支払日の間隔が短いと、特に会社規模が大きくなるにつれて給与計算が大変になります。勤怠締め等を勘案すると、締切日から支払日までは、15日、できれば20日程度は空いている方がベターだと思います。(例:末締め翌月15日支払、等)
一方で、社員にとっては支払日が早い方がありがたいので、基本給は当月、残業代は翌月、という支払い方をする会社もあります。
■日割計算
月の途中で入社 / 退職した社員の給与はいくら支払うか?
満額支給ではなく日割計算を行うことが一般的ですが、この日割の計算式もいくつかパターンがあるものの、実はあまり意識されていないことが多いです。
まず、分母について。大きくは次のいずれかのパターンに分かれます。
入社 / 退職月のタイミングによって左右されない取り扱いができるのは後者です。(例えば、GWのある5月に入社した社員と、祝日のない6月に入社した社員とでは、入社した月の労働日数が異なるためです。)
また、分子について。
日割の対象とする手当の範囲も明確にしておく必要があります。
例えば、月の途中で入社しても、基本給は日割りするが、リモートワーク手当だけは全額払う!というケースもあれば、いや、あらゆる手当を日割りして支払う、というケースもあります。
■端数処理
給与の計算において、1円未満の端数が生じた時、四捨五入するか、切り上げるか、切り捨てるか、という端数処理も、実は定めておくべき重要なルールです。
(給与計算の作業の中で、端数は山ほど出てくるので…)
■休暇を取得した際の賃金支給の有無
年次有給休暇は有給で取得できる休暇です。
つまり、月給制の社員は欠勤控除なし。時給制の社員は取得した時間分の給与が支払われます。
(※余談ですが、この時給制の社員が有給取得した際の給与計算は誤りが生じやすいポイントの一つです。)
一方で、それ以外の休暇を取得した日についての賃金支給の有無は、会社の定めによります。
■割増賃金の計算式、割増率
法定時間外労働、法定休日労働、深夜労働については、労働基準法で定める割増賃金を支払う必要があります。
ここで先ほどの給与計算において最も重要と言っても過言ではない「割増基礎単価」の話を深掘りしたいところですが、一旦本noteは締めたいと思います。
「就業規則は社員が10人になったら作成すれば良い」、○か×か?への答えは
この問いへの私の答えは、「『×です。社員が1人のうちから、就業規則を用意しておきましょう。』…と自信をもって言えるレベルまで『経営者が就業規則の内容を正しく理解している』状態に至るコストを下げる!ことを目指します。」
就業規則という形で定める項目群について、冒頭で述べたようなギャップを生じさせない程度に内容を理解した上で整える、というのは一定の時間を要することです。シード期のスタートアップに絞れば尚更だと思います。
一方で、働きやすい会社作りやリスクヘッジのためには就業規則は早い段階からあった方がいい。別にまだ作る必要ないですよ、なんてことを言いたいわけでは決してない。
ということで、第一歩として、社員が入社した瞬間から経営者に義務付けられる「給与計算」の解像度を挙げておくことが、正しく経営者の認識を反映した就業規則を作成するためのコストを下げることにつながるのではないか、と思った次第です。
(こんなことを考えていたらタイトルと本文が若干ずれてしまいました。)
本noteでは「賃金規程」の項目にフォーカスしましたが、未払賃金については、下記の書籍の第2章の(7)でもより詳細に書かせていただいておりますので、IPOの労務監査や労務DDを検討中の方はこちらも是非参考にしていただければと思います。
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