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「だがしかしどうしても、あの店が、氷の入ったビールが、懐かしい」

 初めてその店に入ったのは、私のバンコクライフが始まって二週間ほど経った頃だっただろうか。主に学生が集うその飲み屋には、タイミュージックの生演奏が響く。もちろんバンドマンたちも学生だ。薄暗い店内には机と椅子が所狭しと並べられ、古びた扇風機がくるくるとまわる。いい雰囲気だ。

 タイで酒と言ったら瓶ビールが主流だ。Chang、Shingha、Leo。メジャーな銘柄はこの三種類だが、お気に入りはChangだ。のどごし重視のさっぱりとしたピルスナー。どれも日本のビールとは全く違ったテイストだが、驚くのはその飲み方だ。なんとビールに氷を入れて飲むのが、タイ・スタイルなのだ。

 ビールに氷を入れる飲み方は、東南アジアでもタイ以外では聞いたことがない。タイの友達とベトナムを旅した折、わざわざビールのための氷を注文して、店員に怪訝な顔をされたというエピソードもある。

 さて、氷と聞いて、どんな形を想像しただろう。日本で氷と言ったら、家庭用製氷機の丘のような四角形の氷がまず思い浮かぶだろう。もしくは飲食店で出されるきれいな立方体を思い出す人もいるかもしれない。

 しかし、なんとタイの氷はロール型をしている。中心に穴の空いた円柱だ。実はこの形には、衛生的な安全が保証された氷という意味もある。タイに多少詳しい人なら、ロール型の氷ではなく砕かれた氷が入ったドリンクには思わず身構えるだろう。

氷の違う!


 ビールに氷を入れる飲み方以外にも、タイと日本のお酒事情には「違う!」がたくさんある。その紹介の前に、まずはタイでお酒を飲むときに注意するべきことを二つほど挙げよう。

 一つ目は、アルコール類の販売時間に制限があることだ。スーパーやコンビニでは11:00~14:00と17:00~24:00のみ購入することができる。ただし個人商店や飲食店では時間外に販売してくれることもある。また飲み屋の営業時間もこの販売時間により制限されている。多くの店では24:00頃にラストオーダーとなり、25:00には閉店する。日本と違って朝まではしご酒なんてことはできないので注意したい。

 気をつけることの二つ目としては、多くの飲み屋でパスポートの確認があることだ。20歳未満もしくはパスポートを所持していない場合には入店することすらできない。飲み屋に限らず、タイでは外国人も身分証明書を持ち歩くことが求められているため、パスポートかそのコピーはいつでも携帯したい。

違うに乾杯!_アートボード 1

 さて本題の「お酒事情の違う!」だが、一番驚くのは、食事と一緒にお酒を飲まないということだろうか。日本では食前にビール、食事をしながらワインや日本酒、食後にウイスキーなんて飲み方は普通だろう。しかしタイでは食事中にお酒を飲むようなことは滅多になく、食後に改めて飲みに行くということが多い。

 またいわゆる"飲み会マナー"のようなものも存在する。まずお酒のつぎ方だが、手首を返してついではいけない。手で瓶を持ち、必ず瓶を内側に傾けてつがないといけない。手首を返してつぐやり方は日本では普通だが、タイでは失礼に値するらしい。他にも、学生は先輩についてでもらったら一気飲みしなければいけないというマナー?もある。ただし一気飲みと飲み過ぎには十分注意したい。

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 ところで話は戻るが、あの飲み屋は今でも開いているのだろうか。初めて訪れたあの日以来すっかり常連客となっていた私だが、留学を終えて帰国してからはそれっきりだ。

 次にタイを訪れる時には、また行ってみようかとも思う。しかしもう留学生でない自分が、旅行者として訪れることへのためらいもある。店に行っても当時の時間は戻らない。ならば思い出が薄れてしまうのではないか、という不安もある。だがしかしどうしても、あの店が、氷の入ったビールが、懐かしい。

 氷の入っていないビールグラスを見つめて、とりあえず四角い氷を入れてみようかと、思案する。

(文:八畑,絵:酒井)

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氷のビール


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