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vol.004 遠足は船に乗って隣の島へ

娘が小学一年生の時、お隣の黒島へ遠足に出かけた。

竹富島から黒島へ直接渡る船がないため、私たちは石垣島へ一度渡り、石垣島の離島ターミナルから黒島行きの高速船に乗り込んだ。船のエンジン音と波しぶきの音が響く中、竹富島を右手に眺めながら私たちは海を渡って黒島へ向かった。

黒島は、竹富島の南に位置し、 人口は約220人ほどで、周囲12.6kmの小さな島だ。牛の牧畜が盛んなことから、「牛のしま」とも呼ばれている。茹だるような暑さの中、確かに島の何処へ行っても牛がのんびりと草を食んでいた。

仲本海岸は少し波があり、いつも見慣れている穏やかな竹富島のコンドイ浜とはまた違った雰囲気の浜だった。波にあらわれてコロンと丸くなったサンゴの玉や貝殻を娘と拾いあつめていると、四、五年生ぐらいの黒島の少年が話しかけてきた。「ねー、ブラックホールって知ってる?」。私は不意をつかれて返す言葉が見つからないまま少年の顔を見つめた。そんな私にはおかまいなく、「僕は星が好きなんだ。将来は天文学者になるんだ」と少年は続けた。その後も星について、宇宙について、黒島は星を見るのに適した場所なのだという事、牛飼いのお父さんと一緒に夜空を観察している事などを淡々と話して聞かせてくれた。話についていけない一年生の娘は少し退屈した様子でしきりに私の手を引っ張っていた。

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お昼は、黒島の子供達と一緒に学校の中庭でお弁当を食べた。私たちが到着する前から校舎の脇では大きなシンメー鍋でアーサの天ぷらを島のお母さんやお父さん達が揚げてくれていた。「黒島のアーサは特別に美味しいんだよ」と白い歯を見せて豪快に笑いながら黒島のお母さんが教えてくれた。木陰に子供達とシートを広げお弁当を食べ始めると熱々の揚げたてアーサ天ぷらがザルに盛られてまわってきた。「いただきまーす!」と天ぷらを頰張った途端、サクサクの食感と共に磯の香りが口の中に広がり、一気に黒島が大好きになった。 

お昼後はバスケットボールやドッジボールをして子供達は交流を楽しんでいた。

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集落内をお散歩したり、仲本海岸や、海洋生物の研究所、展望台にも行ったが、黒島で一番印象に残った場所は、伊古桟橋だった。まっすぐに伸びる桟橋は、まるでどこまでも続く道のようで、その上を歩く私たちは空と海の中へと吸い込まれ、溶けて消えていってしまうような不思議な感覚を覚えた。   

遠足の最後は、黒島研究所で保護されていたウミガメを港付近の海岸から海に放流した。海に向かって砂浜を歩く小さなウミガメを気が遠くなるような暑さの中、みんなで見守り見送った。

いつか大人になった娘が遠く離れた場所で、「遠足は船に乗って隣の島へ」が日常であったことを思い出すのだろうか? 誰かの「あこがれ」を当たり前に生きていたことを友人や恋人に話したりするのだろうか? そんな事を帰りの船の中で思った。

ブラックホールの少年にも海に帰って行ったウミガメにもいつかどこかで再び再会できる気がしている。たとえば、空と海の交わるずっと先のあたりとかで。

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【水野暁子 プロフィール】
写真家。竹富島暮らし。千葉県で生まれ、東京の郊外で育ち、13歳の時にアメリカへ家族で渡米。School of Visual Arts (N.Y.) を卒業後フリーランスの写真家として活動をスタート。1999年に祖父の出身地沖縄を訪問。亜熱帯の自然とそこに暮らす人々に魅せられてその年の冬、ニューヨークから竹富島に移住。現在子育てをしながら撮影活動中。八重山のローカル誌「月刊やいま」にて島の人々を撮影したポートレートシリーズ「南のひと」を連載中。


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