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vol.005 コックピットはエプロンしめて

石垣島の北部、野底集落にある小さな小さなお店「まんげつ屋」さんの扉をギギギ〜と開けお店に足を一歩ふみ入れた途端、料理人シノさんの運転する乗り物に便乗させてもらうようなワクワクした気分になる。お店には小さなテーブルが一つとカウンター席のみが設けられており最大六人までの入店が許される。 

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その日のセットメニュー二種類から私が頼んだのは山芋と梅しそを巻いたフライで、友人が頼んだのは海老カツ。セットについてくる副菜が素晴らしく美味しくて毎度心の中で小躍りしてしまう。シノさんは「ひじきやお浸し、マリネなど特に凝っていない普通のおかずです」と言うのだが、その一つ一つがとても丁寧に作られていてどれも程よい味付けと色合いでメインのお料理を引き立てている。

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シノさんは十二年前に岡山県の倉敷から石垣島へ移住してきた。きっかけは子供を授かり自然の中で子育てをしたくなったから。倉敷ではシノさんのお母さんが営むお店で夜は手伝いをしながら、昼は今と同じようなランチを二、三年ほど手がけていた。 二人の子供の手が離れ、自分には何の仕事ができるだろうと考え続けた結果、倉敷で日々やりがいを感じていたランチ営業を生業にしようと決意したのだと教えてくれた。

日々、季節のものをなるべく使った副菜を八品ほど用意したり、メイン料理の下ごしらえをしたり、買い出しなどやるべき事がいつまでも続くのは大変、でもそれが楽しい時だったりするのだとシノさんは言う。 そして何よりもお客さんがお店を出るときに、本当に喜んでくれている姿を見る時がこの仕事をやっていて良かったと思う瞬間だそうだ。

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私はいつもカウンター席に座ってシノさんがお料理をする姿を眺めるのが好きだ。シノさん専用の料理空間はまさにコックピット。必要なものは全てこの小さな空間に設置されてありシノさんが無駄なく動けるように設定されてある。 

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丁寧にお惣菜を盛り付けるシノさんの指先からは程よい緊張感を感じ、きびきびと料理をする姿はまるで格好良い操縦士だ。 

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私たちは心もお腹もすっかり満たされてシノさんに「ごちそうさま」をつげて、笑顔でお店の扉を開けた。 通り雨で濡れたアスファルトの道の上を熱気を帯びた風が通り過ぎて行く。 お店の外へ一歩出た途端、ここでは無い何処かへ出掛けて来た気分になった。 そう、まんげつ屋、シノ号に乗って。 


【水野暁子 プロフィール】
写真家。竹富島暮らし。千葉県で生まれ、東京の郊外で育ち、13歳の時にアメリカへ家族で渡米。School of Visual Arts (N.Y.) を卒業後フリーランスの写真家として活動をスタート。1999年に祖父の出身地沖縄を訪問。亜熱帯の自然とそこに暮らす人々に魅せられてその年の冬、ニューヨークから竹富島に移住。現在子育てをしながら撮影活動中。八重山のローカル誌「月刊やいま」にて島の人々を撮影したポートレートシリーズ「南のひと」を連載中。


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