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私は魔法使いにはなれない

日焼け生活数日目にてわかったことは、どうやらハウスメイトは全員暑がりらしい。

食後、冷房が効きやすいリビングで夏らしいタンクトップまたは半袖に半ズボンで過ごすハウスメイトたちの傍らで、私ひとりがあまりにも浮いていた。

なぜなら、ひとりだけ長袖の上着を羽織り、丈の長いジャージを履いていたからである。私は冷房にめっぽう弱い。扇風機は好きだが、エアコンから吹き出す風は妙に冷たすぎるのだ。だから、実家でも夏場は自分の部屋だけいつも蒸し暑いままで、親によくいい加減冷房をつけたらどうだと言われていたのを思い出す。

アメリカはどの家もセントラルヒーティングの国であるから、多数決でつけると決まってしまえば、あとは自分で対処するしかない。ホームステイ時代はいつも冬の格好で生活していた。むしろ冬の方が薄着だったんじゃないかというほど夏場は冷房の風で震えていた。アメリカで初めて買った洋服は冷房の寒さに耐えるための上着だった気がする。リサイクルショップで買ったそれは今でも大活躍だ。

冷たい風が前髪をふよふよと揺らす。オンラインクラスのレクチャーをノートにまとめながら、ふと耳元に触れた。私はピアスを触るのが好きなのだ。今までは耳を触る癖はなかったのだが、ピアスを開けてから作業中などは特に自然と触っていることが多い。

私の耳には3つのピアスホールがある。右に2つ、左に1つだ。初めは左右1つずつだったが、この話はいつか思い出したときに書き残しておこう。

高校を卒業してすぐ、ピアスを開けた。まだファーストピアスをつけて数日も経っていないのに、次につけるピアスはもう決めていた。幼い頃から憧れ、好きだったかっこよくて、でも臆病な某魔法使いのピアスをどうしてもつけたかったのだ。

ハンドメイドの商品を扱うサイトで、某魔法使いの耳元で輝くそれを模したものを見つけたときは大変興奮した。早くそれをつけたくてウズウズしていた。手元に届いてもまだ、つけるには時期尚早であったので、しばらくは眺めるだけの生活を送っていたのが懐かしい。

そして数ヶ月後、ついにピアスホールが安定し、いよいよ魔法使いになる日が来た。恐る恐るファーストピアスを外し、待ちに待ったセカンドピアスを穴に差し込んだ。

耳元で、何度も見たあの映画のように、しゃらんと揺れるピアスを見てうっとりした。”自由だ”と叫びたかった。実際に叫んだかは記憶が曖昧である。

特に用事もないが、このピアスをつけて歩きたいという欲望のままに、映画のワンシーンにそっくりな洋服を着込んで家を飛び出した。

お気に入りのピアスをつけて街を歩くのはなんとも言えない幸福感と満足感でいっぱいであった。しかし、数時間後、耳に異変を感じたのだ。初めはなんだかかゆいな、と思う程度であったのだが、ふと触ってみるとかさぶたができているではないか。加えて、転んで怪我をしたときに傷口から出てくる汁のようなものが出ているとわかった瞬間気分が一転した。ひどく落ち込んだ。金属アレルギーだったのだ。

あまりの不快感に急いで帰宅して、速攻でピアスを外した。耳は少し腫れていた。

消毒して数日後、腫れが引いた後に泣く泣く別のピアスをつけたのだが、ファーストピアスを含め、その後今までつけた金属ピアスに反応することは一切なかった。しかし、某魔法使いのピアスだけは、何度挑戦してみても私の耳は受け付けない。こんなにも気に入っているのに、1日もつけていられないのだ。

今日もまた懲りずにつけてみたが、結果は変わらない。徐々に反応するのを感じた瞬間に外してしまった。魔法使いのピアスはケースの中で眠っている。私の耳元で輝く機会はもう2度とないだろう。

私は魔法使いになりたかった。諦められなくて、でもその度に自分が魔法使いに選ばれなかったことを自覚するのが悲しい。

私は魔法使いにはなれないけれど、いつか魔法使いと出会えることを今も願っている。だから、いつ魔法使いに出会ってもいいように掃除のスキルを磨いておこう。素敵なヒロインから学ぶことはたくさんある。

金属の種類を変えればいいだけの話ではないか、とかいう野暮なことを囁く自分は一旦引き下がっておいてほしい。次帰国した際には真っ先に注文してやる。

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