くじらの曲をもらったことがある
くじらの曲をもらったことがある。
作曲の課題で作ったその曲を、彼は私の誕生日にマグカップとともにくれた。
小編成のオーケストラの為の曲で、手書きのスコアの「whale」という題名の下に「おたんじょうびおめでとう」と、つたないひらがなで書いてあった。
いい曲だった。ゆったりとメロディーが歌い、ざばんとアンサンブルが跳ねる。
直後に大きな喧嘩をし、グシャグシャに丸めて捨てられたそのスコアを私はこっそり拾い、シワを伸ばして滞在許可証の書類なんかと一緒に保管していた。
彼とは別の道を行き、度重なる引越しでwhaleもどこかへいってしまった。
貧乏留学生だったので、旅先ではいつもユースホステルのいちばん安いドミトリーに泊まっていた。
ロンドンのユースホステルで無料の朝食(自分で焼くトースト、ハムとチーズとジャム食べ放題)をいただいていると、頭上の小さなテレビで捕鯨問題についてのドキュメンタリーが始まった。ヨーロッパの番組なのでもちろん日本が悪者だ。
近くのテーブルにいた露出度高めギャル達が私の方をみて、半笑いで野蛮人とバカにしてきた。
差別には慣れっこだし、普段ならそんなの無視するのに、なぜかその時だけ逆上し、つたない英語で歴史を勉強しろ!とまくし立ててしまった。
通じていたかどうかはわからない。
プンプンしながら大英博物館に向かう道中、不意に自覚した。
私、くじらが好きなんだと。
たしかにくじらは昔から気になる存在だった。
給食に出ていたくじらのオーロラ煮は数少ない好きな食べもののひとつだったし、竜田揚げは今でも好きだ。
教科書に載っていた「くじらぐも」も好きだったし、男たちが槍でくじらを仕留める絵や、何かのアニメで観たくじらのヒゲでコルセットを作る話もなんだか忘れられない。
キノピオも、腹の中で焚火なんて、、とくじら側の気持ちで読んでいた。
海の中で泳ぐというより浮かんでいる感覚とか、ぬめっとしているのにざらっとしている皮膚の感じもなんとなくわかるから(ほんとのとこは知らんけど)、前世のどこかで私はくじらだったのだろう。
whaleの彼は勘が鋭い人だったから、私のくじら成分を嗅ぎとって曲を作ってくれたのかもしれない。
特別定額給付金もらって、もう少し経って、安心してびゅんびゅん動けるようになったら、くじらに会いに行こう。
その時、浮かんでくる音がどんな音楽なのか、とても楽しみだ。
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