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『ドラえもん』と私

『ドラえもん』には、二度泣かされたことがある。
一度目は、てんとう虫コミックス6巻に収録されている「さようならドラえもん」という一編を初めて読んだ9歳の時。
後にも先にもマンガを読んで泣いたのは、この時だけだ。
ぼろぼろ泣いたことを今でもよく覚えている。

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18歳で上京するまで私が育ったのは茨城県の北に位置する田舎町だった。
私は母子家庭で6つ上の兄との3人で、本来は建設現場などで職人さんたちが休憩をとったりする詰所(つめしょ)というプレハブのようなモノを改良した場所で暮らしていた。


控えめに言っても超絶に貧乏な家庭で、くわえて世間はバブル景気でまわりの人々はどんどん家を新築していくさなかだった事もあり、わかりやすく村八分扱いされていた。
とは言え、のけもの扱いも貧乏も正直それほど辛いものではなかった、それが当たり前の日常だったので慣れていたのもかもしれない。


ただ、詰所で一人きりで過ごす夜は不安と寂しさで幼い私には逃げ場がなく、毎日言いきれぬ思いを抱いていた。
その気持ちを誤魔化すために小学校から帰宅すると人気のある場所へ出かけるようになった。
しかし、スーパーや市役所などでうろうろしていると明らかに冷ややかな視線を浴び、時には早く帰れと言う趣旨の言葉を投げられて、私はどんどん行き場を無くしていった。
そんな時、町の小さな本屋さんへ行きマンガを立ち読み(当時はビニールに包まれていなかった)するようになった。


その本屋さんのおばさんは私がマンガを買わずに立ち読みすることを咎めることもなく、閉店までゆっくりマンガを読んでていいと優しく言ってくれ、私は嬉しくて毎日のように通うようになった。
そうして、私はそこで『ドラえもん』に出会った。
私は本屋さんのおばさんへの感謝と自分専用のマンガ本が欲しいという気持ちで、コツコツお駄賃の1円や5円を大きな瓶に貯めて、やっと一冊分のお金が貯まった時にリュックサックに小銭を入れて本屋さんへ走った。
小さな本屋さんなので置いてあるマンガは殆ど読んでいてたので、その中で一番お気に入りだった『ドラえもん』の23巻を買った。

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1円と5円の大量の小銭を嫌な顔ひとつせずに本屋さんのおばさんは一緒に数えてくれて頑張って貯めたんだねと褒めてくれさえした。
『ドラえもん』の入ったリュクサックを両腕で抱えて詰所へ興奮しながら帰った。


当時の私が『ドラえもん』の23巻を初めての自分の本に選んだ理由はもちろんある。
その中に収録されている「異説クラブメンバーズバッチ」という一編が大のお気に入りだったから。
あらすじは、ドラえもんとのび太が「動物粘土」というひみつ道具で地底人を作り、その地底人たちが文明を築いてゆき、豊かになったのを聞き付けた卑しい大人たちとドタバタが起こるという22ページの一編だ。
とにかく、その一編は毎日繰り返し何度も何度も読んでいたのを思い出す。
それでも飽きることはなかった。
マンガという表現独特のコマ割りという技法のおかげだ。


映画やドラマとは違い動きを流れで見せるのではなく、マンガはコマ割りをして一コマ一コマの中に作者が厳選した静止シーンを描き込み、決まったページ数の中で物語にする。
なので、描かれていないというか描けなかったであろうシーンがたくさんある。


私は、そのコマとコマのあいだにあったであろう展開や場面を、自分で勝手にあらゆる想像をし増やして、毎回少し展開や場面を変えることで何度でも楽しむことができた。
その長く何度も楽しむ方法に、23巻収録の「異説クラブメンバーズバッチ」という22ページの物語はとても相性がよかった。
なので、その一編は何度も展開し場面も増えてゆき私の中では今でも大長編になっている。


それから時は過ぎ、上京した私はアルバイトをしつつ右往左往しながら一念発起して漫画家となった。
そして、『ドラえもん』に泣かされる二度目を迎えることになる。


2014年に、藤子・F・不二雄生誕80周年記念作品として制作公開された映画『STAND BY ME ドラえもん』を、初めて『ドラえもん』が3Dで映像化されることもあり公開後すぐに友人と二人で映画館へ行った。
鑑賞前は特に特別な感情はなく観ておきたいという、『ドラえもん』の一ファンとしてのありきたりな理由だった。

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映画が始まってすぐに、ドラえもんがのび太の机の引き出しから出てきたその時、3Dで映像化されたドラえもんを観た私は自分でも驚くほどに瞬間的に涙を流していた。
その後も映画が終わるまでストーリーそっちのけで、動き話すドラえもんを観ながら嗚咽をおさえる為に口を両手で覆いずっと泣いた。
上映後も涙が止まらず立ち上がれない私を見た映画館の人も離れた席から掃除と入れ替えの作業をしてくれた。
映画館から出た後も一緒に行った友人は、私が身も蓋もなく泣いたことを笑うこともなく自然に接してくれた。


その日、『ドラえもん』は本当は実在しないとわかっていながらも少年時代の私は、何度も繰り返しマンガを読みながら『ドラえもん』を如何にどれほど待っていたのかを理解した。


2020年。
『ドラえもん』50周年を記念して、てんとう虫コミックス全45巻を今の技術の限りを尽くして豪華装丁印刷し、100年後も読めるような永久保存版として『100年ドラえもん』が12月に数量限定販売される。
もちろん私は早々に予約した。
私が予約したことを聞き付けた『100年ドラえもん』担当部署の方々のご厚意により一足先にサンプル本を貸して頂いた。
理想的で沢山のファンも大満足な出来栄えになることは間違いない。

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完成版が届いたら、あらためてゆっくり読みたいと思う。
そのとき私は、『ドラえもん』で三度目の涙を流すのだろう。

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