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完全比の三和音とトルコ行進曲(前編)

音階の音の並びと音階の作り出す色調について前回では語りましたが、今回はドレミファソラシドの成り立ち、つまり音階の科学です。

長調や短調や教会旋法といった異なるドレミファソラシドの知識は演奏するうえでとても役立つ実用的な知識ですが、次の疑問をこたえられるようになることであなたの音楽理解はさらなる深化を遂げるのです。

なぜ西洋音楽のオクターヴの中には12音あるのか?
どうして7音でも15音でもないのか?

このわけを説明するには、

音とは波長という空気の振動
波長はある一定の間隔で繰り返されてゆき
同質の波長は倍音と呼ばれ
二つの同質の波長の中に12の音を見つけたのが
西洋音楽

ということを知る必要があります。

二つの同質の波長は全く同じ性質を持っていても、音の高さが異なるので区別できます。中世ヨーロッパではある時期までは違う音であると認識されて別の名前が与えられていたほど。

仮に低い方の同質の音をドと名付けて、1と数値化してみると、高い方の一オクターヴ高いドは、と数値化できます。

起点が1ならば、倍の波長の音は2です。

12の半音は、低い方と高い方のふたつのドの間に配置される音。

・ド#・レ・レ#・ミ・ファ・ファ#・ソ・ソ#・ラ・ラ#・シ・

低いドから高い度までの間隔=音程が
オクターヴと呼ばれているのです

オクターヴの間の音価は、周波数という絶対値ではなく、比率という相対値で言いあらわされます。比率の良いところは始まりの音の位置が変わっても変化しないところ。

ドの音の高さから始めたドレミファソラシドと、ソから始めたドレミファソラシドでは音の高さは異なりますが、ドレミファソラシドの各音の間隔は変化しないのです。それが比率です。

基準の音と別の音の波長はどれほどの比率の関係にあるのか?

ドレミファソラシドの絶対不変の比率を求めること。

これが音律の科学。

大変に長くなりますので、前編・中編・後編と三度に分けることにします。


小学校の講堂などに置かれている、倉庫に無造作に置かれていて、長い間調律のされていない、音の狂ったピアノで、どれほどに素晴らしい演奏をしても、音楽は美しい音として、我々の耳には届かない。

猫が喜ぶようなひなたは
ピアノには最悪の環境です

正しい音程は音楽の命。

では音階の正しい調律とはどのように定められたのか。

この理屈を知っておくと、本当に美しい演奏の意味がわかるようになる。

音楽とは美しい音を作る人間の営みです。

音楽しない人にも音程の科学は知っていて損はない、人類が長い年月をかけて発見した、偉大な科学知識なのです。

三和音から生まれたドレミファソラシド

音楽は、中世ヨーロッパ(の修道院)では教育の根幹として、ラテン語や哲学や数学や神学などと同格の学問として学ばれていました。

修道僧はだれでも最低限の音楽的教育を受けていた音楽家だったのです。

中世世界で音楽が重要視された理由の一つは、神への賛美を捧げて歌うという行為は、日々の大切な行いのためだったからでした。

祈りの歌声は重なり合うとき、素晴らしいハーモニーになるのです。

当初はグレゴリオ聖歌のように、歌は無伴奏アカペラで単旋律だったものが、やがては複雑な和声理論に基づいたハーモニーを発展させてゆくのでした。

ジョスカン・デ・プレ(1450‐1521)のアヴェ・マリアは、中世キリスト教会が発達させた、歌声による対位法音楽の最も美しい一例です。

ハーモニーの基本は三和音。

ドミソやソシレやラドミです。

ソプラノがミ、アルトがソ、テナーがド、バスが一オクターヴ下のドを歌うとき、和された歌声の作り出すドミソの三和音の神々しさと神秘感は比類ないものでした。

完璧な調和の音楽こそが造物主に捧げるにもっともふさわしい。

以前にも書いたように、父と子と精霊の三位一体 Trinity の「三」という数字が西洋音楽発展には欠かせない概念でした。

三位一体はキリスト教信仰の上ではなくてはならない宗教上の奥義。

神は遍在しているという考え方は精霊の存在がなくては説明できないし、父なる神の分身である神の子の犠牲がなくては人類の罪はあがなえないからです。

キリストを父なる神と同格であると認めないキリスト教系の新興宗教はカルト・異端であるとされてきた所以ゆえんです。

西洋音楽の発展の上で「三和音」ほどに重要なものはないのです。

世界音楽の中で「三和音」を発見した民族はいろいろあるのでしょうが、中世西洋世界ほどに三和音にこだわった世界はありませんでした。

キリスト教以前の世界でドレミファを発見していた古代ギリシア文明でも、三和音はさほどに重要なものではなかったのでしたが、中世ヨーロッパの修道院の音楽を語る前に、ヨーロッパ文明の源泉であるギリシア音楽の妙なる調べの秘密を探ってみましょう。

調和する音の発見

お話は紀元前のギリシアよりもずっと昔までさかのぼります。

骨髄を除いた大型動物の長細い骨に穴を開けて笛を作ったのは、ネアンデルタール人やわれわれホモ・サピエンスの先祖でした。

これはおそらく人類最古の楽器。

丸い穴が見事に開けられた、素晴らしい工芸品。ここから息を吹き込んだり、指で押さえて別の音を作り出したりしたはずです。

60,000年前のネアンデルタール人が
作ったと推定されている骨笛
https://www.nms.si/en/collections/highlights/343-Neanderthal-flute

笛のは一本だけでも素晴らしい。寂しげで。また懐かしい響きでもあるかも。

でも何本かの笛を同時に吹くと、重なり合う音が合わなくて不快に感じたりすることはよくあったことでしょう。

でも二本の笛の音が稀に絶妙に重なり合って、とても美しいハモリのある音が偶然生まれることもあったはずです。

こうして、和声ハーモニーという素晴らしい音楽要素がこうして発見されたのでした。

和声とは「和する声、和する音」。美しい言葉です。

英語のHarmony(調和)の語源はラテン語のHarmonia、もっと古いギリシア語では Harmos。意味は「つなぎ合わせる、重なり合う」。

ある特定の重なり合う音は神々しいほどに美しい!

最古の人類には、どうしてある特定の重なり合う音が美しく感じられるのかのわけは分からないのでした。

弓矢の弦を奏でても、お互いで声を出し合っても、ある波長で音を奏でると調和する瞬間がある、とわれわれの祖先は理解したことで、重なり合う音の探求が始まったのでした。

音律の発見

数千年の繁栄を誇った古代エジプトや、メソポタミアのシュメール文明やアッシリア文明でも、武器の弓矢の弦を改良した弦楽器が作られました。

ハープです。竪琴とも呼ばれます。

太古の昔のギリシア神話では、冥界でオルフェウスが奏でて、猛獣ケルべロスを眠らせて、冥王ハデスと女王ペルセポネの心を振り動かした楽器が竪琴(ハープ)でした。

冥界のオルフェウス

フレットの上に張られた弦を指ではじくギターや、ハンマーに取り付けられた針金で弦をはじく初期の鍵盤楽器(チェンバロなど)や、弦に弓をこすりつけて音を鳴らす撥弦楽器(ヴィオラ・ダ・ガンバなど)も、もともとはハープから生まれた楽器なのでした。

アップライトピアノの内部に張られた弦
ピアノは鍵盤に連動したハンマーが弦を叩く弦楽器

原始的な構造のハープ(現代のコンサートホールで使用されるハープは超高機能です)は、長さの違う弦を順番に張り合わせただけの単純なものでしたが、「弦の長さが違う」が大事。

違う長さのひもを引っ張ってピンと伸ばして、爪弾いて音を鳴らしてみてください。

ゴムひもでも、鉄線でもピアノ線でも弦でも。

美しいかどうかは別にして、長さに応じて、違う響きの音が作られるはずです。

これが全ての弦楽器の原理。

違う長さの弦を二つ響かせると、やはり笛の音が和したときのように美しい音が共鳴することがあるのでした。

ピアノの内部に張られた数多くの弦(ピアノ線)の長さは皆、異なるのです。だからいろんな音が鳴るのです。

倍音の発見

二本の同じ長さの弦を用意してみましょう。

一本はそのままで。二本目は半分の長さを押さえて音を鳴らしてみましょう。つまり二本の弦の長さを比率で表すと2:1です。

二本の弦を同時に鳴らすと、お互いにとてもよく共鳴し合います。

つまり2:1の比率のハーモニーが作られたということです。

1 : 1/2

分数にするとこんな風
長い方が低い音の1/2
半分の長さにした短い方が高い音の1

二倍の関係の響きなので、この響きは倍音と呼ばれます。

全く同質の音だけれども、音の高さが違う。

完璧に瓜二つに重なり合う音という意味で、英語では Overtone と呼ばれます。倍音は、全ての音楽の基調となるのです。

今度は3倍の長さの弦を用意して鳴らしてみましょう。

長くすると低い音が響きます。

三倍音なので、やはり良く響くのですが、今度は同質ではない違う音。

違う波長とも言い表せます。音は空気の振動。波打ちながら伝わってゆくので、波長です。

英語の Sound Wave もとても視覚的な表現で素晴らしい。

歌わない声も波長です
https://wonderopolis.org/wonder/can-you-ride-a-sound-wave

さて三倍音、この音は最初の音がドレミファソラシドの音階の最初の音のドだとするならば、五番目に当たるに当たる音です。

ドレミファソラシドの音階の中で、ドとともに最も重要なソの音が見つかりました。

ソが大事なのは、ドの三倍音だからです。

いつだって共鳴し合う関係の音。そして三倍音ソはドの倍音でもあるので、ドの波長には自然とソの波長が含まれている。だから共鳴し合う。

四倍の長さの弦では、今度はまた別の高さのドが得られました。2x2(倍の倍)ですからね。

五倍の長さの弦では、ドでもソでもない、とても素敵な新しい共鳴音が得られます。ドレミファソラシドの音階の第三音の発見です。

六倍の長さの弦では、三の倍数なので、高さの違うが響きます。

七倍の長さの弦では、新しい音のシ♭が聞こえてきます(厳密には少しずれていますが、われわれの耳にはそう聞こえます)。

同質の音は何倍しても同質であると書きましたが、基音のドを鳴らすと、音の波長の中にはミやソが必ず含まれているのです。そして、ほんのすこしばかりシ♭も含まれているのです。

C7(ド、ミ、ソ、シ♭)というコードはまさにドの響き。五度下の和音から見れば、属7の和音、ドミナント7thの響きです。

豊かな倍音を誇ることで知られるフルート(よく震える音=ビブラートが魅力の楽器です)でドを奏でてみると、やはりたくさんのミとソが響き合います。

フルートの波長
周波のうねりは幾つもの頂点を形作りますが、
それらを整数値で言い表した音が倍音なのです
https://info.shimamura.co.jp/digital/knowledge/2014/09/34946

ヴァイオリンなどの弦楽器では、より細かな倍音が得られます。

二胡でも、チューバでも、パイぴオルガンでも、よく共鳴する音を奏でる楽器の音には豊かな倍音がたくさん含まれていて、立派な音を鳴らせば鳴らすほど、豊かな倍音を響きの中に感じることができるのです。

これがハーモニーの秘密。

  • 一倍音=ド

  • 二倍音=ド(1オクターヴ上の)

  • 三倍音=ソ(1オクターヴ上の)

  • 四倍音=ド(2オクターヴ上の)

  • 五倍音=ミ(2オクターヴ上の)

  • 六倍音=ソ(2オクターヴ上の)

  • 七倍音=シ♭(2オクターヴ上の)

  • 八倍音=ド(3オクターヴ上の)

でも音の世界には、ドミソ以外の音もたくさんあるのです。

ドの倍数を2とすれば
七倍音の比率は2x7=14
後述しますが、B♭のドに対する比率は16/9なので
これを8倍すると少数で14.222
極めてドの七倍音と極めて近い値になるのです
https://www.realhd-audio.com/?p=3452

周波数よりも相対音感

倍音は理解できましたよね。

ここまで見てきたように、何度も書きますが、音は振動なので、波長 Frequency という言葉で言い表します。

ある波長の中にはいろんな倍音が含まれているのですが、倍音は2倍(1:2)、3倍(1:3)、4倍(1:4)のような比率で言い表します。

音の波長の絶対値は周波数という言葉で言い表せます。

なので、二つの音の違いを言い表すには、絶対値の周波数を使う方がより便利なのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、ドレミファソラシドを語るときに大切なのは、ラの周波数が440Hzであることを理解できることではなく、ある音からある音までの違いが、例えば1.5倍であるとかがわかることなのです。

優秀な音楽家に必要な能力とは相対音感です。絶対音感は逆に邪魔になることが多いのです。

周波数とは

周波数は一秒間にどれだけの波長が存在するかを数値化したものです。

例えば440㎐ は、一秒間に440の音の振動(上がって下がる音)が作られる音という意味です。

440Hzの倍の880Hzは一オクターヴ上の音になるのです。

グラフにすると、幅を狭めただけの同じ形の波長であることがわかります。

周波数を数値化する単位であるヘルツ Hertz / Hz やヘルツを100等分したセント Cent は、波長単位そのものに名を遺す、19世紀ドイツの物理学者ハインリヒ・ヘルツ(1857-1894)が発見したものです。

Heinrich Herltz

つまり19世紀後半まで、波長には客観的な科学的な単位は存在しなかったのでした。

だから私が取り上げたい、敬愛する楽聖たち、バッハもモーツァルトもショパンも、ヘルツなんて波長単位を知らずに生涯を送りました。

でも彼らも音は振動・波長であることは当然ながら知っていて、自身の耳で自分が美しいと信じた波長を探し当てて、調律して調律させて演奏していたのでした。

弦楽器、例えばヴァイオリンは、GDAEの四本の弦を自分自身で美しい五度の音程にそろえて演奏する楽器です。

バロック時代には基準のラは、415Hzだったり、432Hzだったりしましたが、現代のオーケストラは A=442Hzや440Hzを用います。

基準の音は時代ごとに移り変わり、昔の人の基準に照らし合わせると、現代のオーケストラの奏でるモーツァルトの「ハ長調交響曲」は、18世紀人の耳には半音高い「嬰ハ長調」の曲に聞こえるはずです。

高い音は人の耳により刺激的なので、オーケストラのピッチは年々上がってきているといわれています。

22世紀には、現代のA=440Hzよりもずっと高い A=450Hzなんてピッチがコンサートピッチに採用されているかもしれません。

いつの日か「ジュピター交響曲:ハ長調」は、現代のニ長調に近い響きになるのかもしれません。

コンサートの基準値は時代ごとに変わり続けてゆくのでしょうが、ドレミファソラシドの音の関係(比率)は絶対的に変わることはありません

ですので、この記事ではヘルツという単位の絶対値ではドレミファソラシドは語りません。

モーツァルトたちがどのように彼らが最も美しいと信じたドレミファを見つけ出したのか、彼らのドレミファソラシドはどのように定められたのか、がこの記事のテーマです。

比率によって音を表現してみる

弦を再び鳴らしてみましょう。

弦を三分の一の位置の長さで抑えて鳴らしてみます。

短い弦だと高い音、長い弦だと低い音が鳴ります。

ここで問題にするのは高い方の音。

三等分された弦の長い方、つまり三分の二の長さの弦を鳴らすと、とてもよく共鳴する音が作られます。

等分しない元の長さの弦の作る音を基準のドとみなすと、三分の二の弦の音はソになるのです。

長さは2/3倍、でも音の高さは逆数にした3/2倍。

1 : 3/2

これがドよりも五度高いソ
基準のドよりも1.5倍の音
これを二倍にすると、ソは1オクターヴ上のソになり
基準音ドの三倍音のソになります
1.5倍の長さの弦を用意すれば
元の長さの弦よりも低いソが得られます
これがピアノ内部の弦の原理
グランドピアノの突き出した一辺が斜めに
カーヴしているのは弦の長さに
合わせてデザインされているからです。
長い低音の弦は斜めにグランドピアノの先の方まで伸びています
https://www.blufftonsun.com/wp-content/uploads/2023/05/baby-grand-piano.jpg

同じ理屈で、今度は比率4:3にしてみましょう。

やはりとてもよく響き合うハーモニーが得られます。

ドシラソファのファが見つかりました。

ファは完全四度という音程を作るので、和声的には、完全五度のソに次いで重要な音。

1 : 4/3

4/3は元のドよりも高いファ
元の弦より1/3長い弦を用意すると
元のドよりも五度低いファが鳴ります
4/3の比率はオクターヴの中のファ
1/2をかけると一オクターヴ高いファ(2/3)
2をかけると一オクターヴ低いファ(8/3)

つまり、ソの比率は3:2ファの比率は4:3ということがわかりました。

整数値比率の秘密

音の波長は、数学的に

(N+1):N

3:2はソ
4:3はファ

で書き表せる比率にすると、よい響きが得られます。

比率5:4では明るいミ(音楽的には長三度)。
比率6:5では暗いミ(音楽的には短三度)。

比率7:6や比率8:7では音階に該当する美しい響きは得られませんが、比率9:8では明るいレ(音楽的には長二度)が得られます。

比率10:9でも、先ほどのレとほとんど同じだけど、少し高さの異なる暗いレが得られます(明るい・暗いという形容はわたしの主観です)。

比率16:15にすると、半音(短二度:ドに対するド#)の音が得られます。でも上記のレのように比率17:16でも、比率18:17でも、半音と、ほどんど同じ響きが得られるのです。

微妙な差異なのですが、重ねる音にすると、この差異は際立つので、どういう半音を選んで調律するかが課題になります。

このようにして、数学的な計算をして音階の音を探し当てたのが古代ギリシアの数学者たちでした。

ピタゴラス学派の音律

古代ギリシアには、三角形の定理で知られる数学者ピタゴラス Pythagoras を教祖と仰ぐ秘密教団が存在しました。ピタゴラスが本当に実在の人物なのかは誰も知らないのですが、こういう教団は存在したのでした。

2の平方根と3の平方根の和は5の平方根に等しい
2も3も5もすべて素数!
数の神秘!

「数で世界の神秘はすべて説明できる、世界は数でできている」という教義を信じていたということですが、詳細は知られていません。

ピタゴラス教団は音楽を重んじていました。

正しいハーモニーこそが世界の真理であるとして、音が最もよく共鳴し合う五度の音の関係、つまり3:2の協和しあう弦の比率を1オクターヴ中に納まるように計算しなおして、オクターヴのなかの12の半音を発見したのはピタゴラス教団の大きな功績です。

ピタゴラスたちはこんな風に
アゴラ(広場)の隅に集まって
数学を議論していたのかも

比率3:2を何度も何度も繰り返してゆけば、音の響きは一巡して同じになる。これが彼らの数学的真実です。

それではピタゴラス音律の12音を探してみましょう。

シャープ系の五度

ドから五度の関係にあるソを今度は基準音にして、次の五度を探り当てるとレが見つかります。

ドが1/1、倍数の関係からオクターヴ上のドは2/1ならば、比率3:2となる音のソは、ドの3/2倍の波長なので、3/2と言い表せます。

つまり比率においては、ソはふたつのドとドの真ん中の音です。

ですが、ソはドレミファソラシドの八音の5番目の音。ずれていますよね。中央値はファとソの間の半音のファ#。このように、比率とオクターヴ間の音数が合わないことが音律の科学が複雑になる主因なのです。

いじれにせよ、3/2が次の五度を求めるのに必要な定数です。

したがって、レ(D)の比率は、3/2(ソ)に3/2(ソのソの比率)をかけた9/4。

なのですが、9/4はオクターヴ上のドの2より大きくなる。

この計算では、オクターヴ上のレということになってしまいます。

音は倍にしても同じ響き(同質の音=倍音)というルールなので、この場合は2で割ります(=1/2をかけると同じです)。

(3/2 x 3/2) x 1/2 =
(3/2)^2 x 1/2 =
9/8
これが基準のドに対するレの比率

累乗の指数はコンピュータでは
」の記号で表現されます
指数=SuperscriptはNoteでは
表示できませんので悪しからず

さらにD(レ)を3/2倍すると、五度上のA(ラ)が求められます。

(3/2 x 3/2 x 3/2) x 1/2 =
(3/2)^3 x 1/2 =
27/16
基準のドに対するラの比率

さらにA(ラ)を3/2倍すると、五度上のE(ミ)が求められます。

(3/2 x 3/2 x 3/2 x 3/2) x 1/2 =
(3/2)^4 x 1/2 =
162/64
これは2よりも大きい数なので、さらに1/2倍して
(3/2)^4 x (1/2)^2 =
81/64
基準のドに対するミの比率

弦を張って響きを探し当てた場合の
5/4とは異なります
5/4=80/64なので81/64とは
1/64ずれています
この差異は
シントニックコンマ syntonic comma
と呼ばれています

さらにE(ミ)を3/2倍すると、五度上のB(シ)が求められます。

(3/2 x 3/2 x 3/2 x 3/2 x 3/2) x 1/2 =
(3/2)^5 x (1/2) = 589/126
これは2よりも大きい数なので、さらに半分に
(3/2)^5 x (1/2)^2 =
243/128
基準のドに対するシの比率

さらにB(シ)を3/2倍すると、五度上のF#(ファ)が求められます。

(3/2 x 3/2 x 3/2 x 3/2 x 3/2 x 3/2) x 1/2=
(3/2)^6 x 1/2 =729/128
これは2よりも大きい数なので、2よりも小さくなるようにさらにもう一度1/2をかけて
(3/2)^6 x (1/2)^2 =
729/512
基準のドに対するファ♯の比率

ファ#はドからは最も遠い音。

後世に発見される五度圏の理論に基づくならば、ソ♭と同じ音になるはずです。

こうして、ソから始めて12音中の6音が見つかりました(ドは最後に一巡して見つけます)。

ソ、レ、ラ、ミ、シ、ファ

それぞれト長調、ニ長調、イ長調
ホ長調、ロ長調、嬰へ長調の主音になります

今度は逆向きの五度も計算してみましょう。

五度低い音ファは、じつは比率3:2を逆さまにして、2:3とすると求められます。

1 ÷ 3/2 = 2/3

音の波長の比率の差の計算は
割り算を使って割り出せます
これは基準のドよりも五度低いファ
分かりにくい理屈かもしれないので
次回詳細に解説します

オクターヴは

完全五度+完全四度

オクターヴは半音12個なので
半音7個の完全五度をオクターヴで引くと
半音5個なので完全四度となるのです

という響きでできているのですが、音程の法則は面白いもので、一オクターヴに12に半音があるので、完全五度=半音七つとすると、完全五度は引き算して12-7で半音数は五つ。

この法則は長三度に対する短六度。長二度に対する短七度など、全ての音程に利用できます。

音程はなれないとややこしいものですが、自身が含む半音の数に応じて、次のような音程がオクターヴの中には存在することがわかります。

実は音程の種類も12通り(二つ目のドも含めると13)。

半数の音程が判明

ピタゴラス音律の比率から次のようなことがわかります(太字はピタゴラス音律計算でここまで判明した音程)。

  • 完全一度(ユニゾン:半音数1):ドからド、つまり同じ音。ドからの比率1。

  • 短二度(半音数2):ドに対するレ♭の音程。

  • 長二度(半音数3):ドに対するレの音程。ドからの比率9/8。

  • 短三度(半音数4):ドに対するミ♭の音程。

  • 長三度(半音数5):ドに対するミの音程。ドからの比率81/64。

  • 完全四度(半音数6):ドからの比率4/3の音程。

  • 増四度・減五度(半音数7):ドに対するファ#の音程。ドからの比率729/512。

  • 完全五度(半音数8):ドに対するソ#の音程。ドからの比率3/2の音程。

  • 短六度(半音数9):ドに対するラ♭の音程。

  • 長六度(半音数10):ドに対するラの音程。ドからの比率27/16。

  • 短七度(半音数11):ドに対するシ♭の音程。

  • 長七度(半音数12):ドに対するシの音程。ドからの比率243/128。

  • 完全八度(半音数13):ドからの比率2の音程。

二つの音程の数字を足して9になる組み合わせがオクターヴになるという知識は演奏や作曲の上では必須の知識。対になる音程が簡単に計算できるからです。

例えば、短二度(半音2個)と長七度(半音11個)を足すとオクターヴ(重なる半音を省いて、オクターヴ中の半音13個ー1個=12個)です。

短二度の2と長七度の7を足して1引くと8=オクターヴ.

フラット系の五度

ドより低いファを求めるための比率は2:3(前に見たようにドより高いファはドを基準にファの部分の比率を二倍して比率4:3)。

つまり下向きの五度(つまりフラット系)は2/3倍してゆけば見つかります(この理屈も次回に解説します)。

B♭(変ロ)は

2/3 x 2/3  = 4/9
一より大きくするために2x2をかけて倍数にして
(2/3)^2 x 2^2 =
16/9

E♭(変ホ)は

2/3 x 2/3 x 2/3 = 8/27
一より大きくするために2x2x2をかけて倍数にして
(2/3)^2 x 2^3 =
32/27

3

A♭(変イ)は

2/3 x 2/3 x 2/3 x 2/3 = 16/81
一より大きくするために2x2x2をかけて倍数にして
(2/3)^4 x 2^3 =
128/81

D♭(変二)は

2/3 x 2/3 x 2/3 x 2/3 x 2/3 = 32/243
一より大きくするために2x2x2x2をかけて倍数にして
(2/3)^5 x 2^4 =
256/243

G♭(変ト)は

2/3 x 2/3 x 2/3 x 2/3 x 2/3 x 2/3 = 64/729
一より大きくするために2x2x2x2をかけて倍数にして
(2/3)^6 x 2^4 =
1024/729

分母が大きすぎて
これでは実際に調律には使えません

さて、ここでさきほどのF#の数値と取り出してみると

F#=729/512 。。。=1.4238…
G♭=1024/729 。。。= 1.4046…

G♭はF#よりも音が低い

微妙なずれかもしれませんが、音楽的には気持ち良いものではありません。

このまま計算を続けてゆくと

C♭=B♮、F♭=E、B♭♭=A♮、E♭♭=D、A♭♭=G、D♭♭=C も成立しません。

B#とD♭♭の計算式は次のようなものです。

調性は12で一周するので、3/2=1.5を12乗するとB#にたどり着きます。

(3/2)^12=129.7463
オクターヴの2を七乗すると(つまり7オクターヴ上の音)
2^7=128≒129.7463
B#はCにはならないのです(少し高い音になる)

同様にフラット方向に、2/3を12乗するとD♭♭にたどり着きます

(2/3)^12=31.56929
オクターヴの2を五乗すると(つまり5オクターヴ上の音)
2^5=32≒31.56929
Cの異名同音のはずのD♭♭もまたCにはならないのです
(少し低い音になる)

ピタゴラス教団は、五度の響きは正確に一巡するはずだと信じていましたが、微妙なずれが生じることに大きな失望を覚えたのでした。

C → G→ D → A→ E→ B→ F#→ C#→ G#→ D#→ A#→ E#→ B# ≒ C
C → F→ Bb→ Eb→ Ab→ Db→ Gb→ Cb→ Fb→ Bbb→ Ebb→ Abb → Dbb ≒ C 

太陽系の地球の周期が365日とは微妙にずれていることにも似ている神の摂理の不思議!

惑星の運行とは異なる音楽の世界では閏音うるうおんを作ることもできず、この誤差はのちに「ピタゴラス・コンマ Pythagorean comma」と呼ばれることになり、後世の音楽家たちを大いに悩ませます。

後の時代には、このずれ(音楽的にはうなり=Undulation と呼ばれます)をなんとか一オクターヴのなかで上手に妥協させる試みが何度もくりかえされることになるのです。

ウォルフの五度!

ピタゴラス音律のピタゴラスコンマは単旋律を歌うにはあまり問題のないものでしたが、和音という重なり合う音を奏でるときには、五度の和音(ドソの音)における微妙なずれは「ウォルフの五度・狼の五度 Wolf fifth」として厭われるのでした。

五度の音程の和音を鳴らすと、狼の唸り声のようにウォ~と震えるように響くからです。

唸り声をあげる狼たち

以来、半音を微妙にずらしてドレミファソラシドを調整する工夫が考案されてゆくでした。

ある解決策は、キリスト教教会が重要視した、冒頭にあげた三位一体の三和音。

修道士たちは、ピタゴラス教団とは別のアプローチでドレミファソラシドの音を模索したのでした。


中編に続く。

次はピタゴラス音律の欠点を補う純正律と比率の計算の仕方です。

最後に、ピタゴラス音律では美しくない、世界で最も美しい和声の音楽のひとつである、モーツァルト最晩年の最高傑作のひとつ「アヴェ・ヴェルム・コルプス K.618」をどうぞ。

あまりにも短い三分間の中に奇跡のような転調が隠されている天上の調べ!


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