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モーツァルトの新曲、続報

画期的な新曲発見発表から三日目の21日に、新曲お披露目演奏が行われて、昨日22日に動画が公開されました。

わたしが次の記事を書いた同じ日(ニュージーランド時間)に、二百年ぶりの世界初演が(半日遅れのドイツ時間で)ドイツのライプツィヒで行われたわけです。

ライプツィヒ・ヨハン・セバスチャン・バッハ音楽院の学生さん三人による演奏。

バッハとメンデルスゾーンの聖地でのモーツァルト初演、なかなか面白い組み合わせ。

ライプツィヒのオペラハウスでの土曜日の夕方のコンサートはライプツィヒ市民には無料のコンサートだったそうです。

発見からほぼ二日しか経っていない状況での演奏ですので、おそらくほとんど練習もなしに、ぶっつけ本番でなかなか頑張っています。

超一流のプロによる演奏は、楽譜が一般公開されてからになるということでしょう。話題性のために集客可能な曲となるので、わたしもそう遠くないうちに実演で聴けるかもと期待しています。

楽譜は作曲より十年以上のちの1780年代に何者かによって丁寧に写譜されたものだったので、すぐにでも演奏可能な楽譜だったのは良かったです。

自筆譜ならば、音符は非常に読みにくいですから。


綺麗に清書された楽譜ですが、
18世紀音楽らしく、
表情記号が全く書かれていません
こういう楽譜は基本に忠実に
拍節感を活かして演奏しないといけません
クレッシェンドなど、
ロマンティックな表現はダメです。
https://www.talkclassical.com/threads/new-music-by-mozart-is-being-premiered-the-work-was-re-discovered-in-a-music-library-in-germany-ganz-kleine-nachtmusik.90648/?post_id=2701591&nested_view=1&sortby=oldest#post-2701591

次の動画は全曲演奏ですが、やはりプロではない彼らの演奏は、音だけにすると、アンサンブルのずれや弦楽器特有の外れた音程など、細部の粗が目立って聴きにくい。上の映像付きだけ(一曲だけの録画)見た方が良さそうです。

アンサンブルが崩れるので、なんだかモーツァルトのパロディ音楽「音楽の冗談」を思い出してしまいました(笑)。

演奏はともかく、12,13歳ごろのモーツァルトによる12分弱のディベルティメントは、後年たくさん書かれることになるザルツブルク時代のディベルティメントに通じる、モーツァルトらしさが感じられるギャラントな作品だと分かります。

ギャラントは、当時の流行の軽やかな耳に心地よいエンタメ音楽のこと。

バッハの息子のヴィルヘルム・フリーデマンやカール・フィリップ・エマニュエルが父譲りの厳格な表現主義的な難しい音楽を書いていた1760年代に、新しい世代のモーツァルトは、次の時代を担うロココな音楽を作曲していたわけです。

バッハのもう一人の息子で十歳前後のモーツァルトに多大な影響を与えた「ロンドンのバッハ」ヨハン・クリスティアンの音楽にも通じるロココな響き。

クリスティアン・バッハは母違いの兄たち(上述の二人)とは違って、当世流エンタメ音楽を書いて、バッハ一族の中で唯一の世界的名声を獲得した人でした。

Johann Christian Bach (1735 – 1782)

18世紀のバッハといえば「クリスティアン」。

父親「セバスチャン」も兄「エマニュエル」も、末息子(末の弟)の名声に足元も及ばない時代があったのです。

「ガンツ・クライネ」はロンドン・バッハからモーツァルトへの流れが感じられて、わたしにはとても興味深い。

モーツァルトはウィーンに移住する前のザルツブルク時代に、貴族の夜会にそういう需要がたくさんあったので、セレナードやディベルティメントを量産しました。

そんな曲たちに通じる「ガンツ・クライネ」は楽しい舞曲。

学生三人による演奏では、ノリの良いリズムが強調されていて、粗はありますがわたしの好きな演奏です。

拍節感を強調する演奏は非常に音楽的(基本に忠実)で良いです。

123の1を極端に強調する演奏。

モーツァルトの三拍子は気持ちがいい。流れてゆく軽やかな歌が初期モーツァルトの素晴らしさ。

新曲「ガンツ・クライネ」が命名においてあやかったであろう、超有名曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は後年のウィーン時代の作品。

モーツァルトの人生に最も影響を与えた、父親レオポルトが死んですぐに作曲されたこの曲は、セレナーデやディベルティメントが好きだった父親へのオマージュだと言われています。

当然ながら、モーツァルトのこの種の音楽の最高峰。

「パパ・モーツァルト」のレオポルト
(Leopold Mozart 1719-1787)
ヴォルフガングは父親の音楽のパロディとして
「音楽の冗談」K.522を書いて
父親の作風とは違う、天才の音楽として
モーツァルトは不滅の名作
「アイネクライネ」K.525を書いたのでした。

一方、「ガンツ・クライネ」は父親の指導のもとに書かれたであろう作品で、モーツァルトのたくさんあるディベルティメントの中でも。最初の作品のひとつ。

でも室内楽スタイル(弦楽三重奏)の曲では、きっとこの曲が一番最初。

同時期のK.100やK113などという大規模な「セレナーデ・ディベルティメント」はオーケストラ音楽ですから。

こういう事情があるからこそ、モーツァルトのセレナーデの全てが詰まっているという意味で「ガンツ・クライネ」という命名なのかなと思うのです。

ガンツ・クライネは日本語で

完全な夜曲、全くの夜曲

という意味です。

始まりは今回の12歳の作品、最後のセレナーデは父親のために書かれた、世紀の名曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。

一番最初の録音と最後の録音を一つにした、

The Beginning and the End

最初と終わり

というアルバムが夭折した天才ジャズトランペッター、クリフォード・ブラウン(Clifford Brown 1930-1956:享年25歳) にありますが、モーツァルトのナハトムジークを二曲続けて聴くと、モーツァルトとクリフォード・ブラウンの短かった人生が重なるようで感慨深い。

「ガンツクライネ」はモーツァルトの The Beginning

折角ですので、モーツァルトのセレナードの The End である「アイネ・クライネ」もどうぞ。わたしは弦楽四重奏版が好きです。

最初と最後の音楽は、モーツァルトらしさ全開という意味で、通じ合っています。

モーツァルトは「アイネ・クライネ」のあとには、室内宮廷作曲家として「ドイツ舞曲」をたくさん書くのですが、セレナードは書きませんでした。

ディベルティメントとしては、モーツァルトの人生の最後の数年間に、山のようにお金を貸してくれたフリーメーソンンの同志プフベルクのために書いた「弦楽三重奏曲k.563」がありますが、あの曲は娯楽音楽としてはあまりに内省的で「ガンツ・クライネ」とは別種の音楽にわたしには思えます。

やはり娯楽的セレナードの最後の曲は「アイネ・クライネ」です。

発見されたライプツィヒ図書館の楽譜
Wolfgang Mozartと書かれています

もっと世間の人がモーツァルトの音楽を好きになってくれますように。


ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。