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炭酸が好き!

 炭酸といえば、何を連想するだろうか。
 それは、世代の変遷によって変わっていくものかもしれない。

 子供の頃は炭酸といえば、それはもっぱら炭酸ジュースだった。
 コーラ、サイダー、クリームソーダ。あまり飲みすぎていると、体調を心配した祖母が「炭酸を飲むと骨が溶けるよ」などと嘯いた。子供だった私はその言葉を信じてしまったが、それでも炭酸ジュースを前にしてしまうとつい自販機のボタンに手が伸びてしまうのだった。
 当時はブルーウェーブ時代のイチローが広告をしていた三ツ矢サイダーを思い出す。野球部の連中は不文律のように、ジュースを買うなら三ツ矢サイダーだったように思う。

 二十代の私にとっては、炭酸といえばエナジー飲料だったろう。
 当時アニメーターだった私は、体に鞭を打って徹夜をすることも多かった。そんな折、カフェインと糖分を補給できるエナジー飲料はとても重宝した。忙しさに比例して、机に置きっぱなしのエナジー飲料缶が増えていく。やがて大都市の高層ビル群のように増殖していき、何かを置く隙間さえ無くなってしまうこともしばしばあった。疲れた体に給油するみたいに、とにかく私はがばがばと飲んで、若さを消費していた。

 三十代となった私は、炭酸ジュースやエナジー飲料をあまり飲まなくなった。
 健康を気遣ってのことも勿論あるけれど、単純に昔ほど飲みたいと思わなくなった。たまに嗜む程度で、一時期は炭酸を口にする機会も減っていたと思う。

 三十六歳になった現在。
 私は久しぶりに炭酸を喉に通す。
 喉に届いた瞬間に、弾けるような感覚に目が覚める。暑い日にはたまらない清涼感が、真夏の夜を爽やかな色へ彩っていく。ウイスキーの深い苦味に溶け合い、それは得も言われぬ大人な味わいだと感じる。

 私はジョッキグラスをカウンターテーブルへ置く。炭酸の泡が氷の隙間を縫うように水面まで浮かぶと、静かに弾けて消えていった。ジャックダニエルのジョッキの中で、積み上がった氷が橙色の照明を乱反射して、キラキラと煌めいている。酔った頭で眺めていると、今日はいい日だなと、思わず私はひとりごつ。

 ハイボール。

 お酒を美味しいと思うようになったのは、本当にここ最近のことだった。
 元来お酒に弱いと信じ込んでいた私だったが、醸造酒と蒸留酒で得手不得手があると友人に聞いて試してみたところ、蒸留酒であるウイスキーならば体調への不調を感じずに飲めると気がついたのだ。
 それに気がついてからハイボールを気に入るまでには、大した時間は掛からなかった。今では酒場に繰り出せば、もっぱらハイボールばかりを頼んでしまう。家で飲むために、ウィルキンソンのボトルをスーパーで買うようにもなった。

 この記事を書くことにしたのは、そんな折でのことだった。

 炭酸。炭酸。炭酸。

 見回してみれば、私達の生活の至る所でそれは顔を出す。
 自動販売機、カフェのメニュー、スーパーの飲料コーナー、居酒屋のテーブル。意識すればそこら中に炭酸に触れる機会があり、私達はよほど炭酸が好きなのだなぁと思う。

 しかしどうだろう。あなたは「炭酸が好き」と考えたことはあるだろうか。
 私はというと、これだけ炭酸を口にする機会が在りながら、この言葉からは新鮮な印象を受けてしまった。私はコーラやエナジー飲料は好きと自覚しても、「炭酸が好き」という自覚をもったことがなかった。皆は意識して炭酸を好きだと自覚しているのだろうか。
 私が物心ついた時には既に世界中で流行っており、今も尚衰えること無くその流行は継続を続けている。それはあまりに当たり前の存在で、注目する機会を逸してしまっていた。

 ずっと私と共に歩んでくれた友人を、私は初めて真っ直ぐ見据えたような感覚だった。彼は気恥ずかしそうに頭を掻くと、「別にいいのに」と笑った。私は彼にこれまでの分の感謝をしようと思った。いつも誰かを引き立て目立たないけれど、たくさんの人にとって欠かすことの出来ない彼に。
 「これからもよろしく」
 私がそう言うと、彼はにこりと笑い頷いた。


著/がるあん
絵/ヨツベ

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