「練馬」 14/15
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改めてこんな内容のメモを読み返していて思う事がある。こりゃ嘘ばっかりだ!
彼女との最後、川のほとりを散歩する辺りなんかはロマンチックに改変しすぎている気がしてならない。昔の事なので本当に改変されてるか事実ロマンチックだったかは全く解らないのだが。
遠い昔の記憶はおぼろげで霞んでいて、ぼんやりとしか見えない。
ぼんやりとしか見えなければ思い出は美しく見えるものかもしれない。事実今の私には彼女の顔をはっきりと思い出すことも出来なかった。
しかし彼女との出会いと再開は事実として記憶している。それこそが私にとって一番ロマンチックなような気がするので、やっぱりあながちこのメモは正しいのかもしれない。
良いじゃないか。嘘でも綺麗な方が。
と言うことで脳内議会が結論を出した。最近の私の脳内議会はほとんど言い争わなくなった。問題なく満場一致で可決される事の方多い。
生活が安定した事で精神的な落ち着きを手に入れたのかもしれない。貧乏だと脳内議会は騒がしくなるようだ。何しろ予算会議が大変だ。
私は無職だった半年の間にたくさんのメモを残した。今は社会復帰したので時間があまり取れず、たまにしかメモも付けなくなった。
そして携帯電話とは腐敗する運命にあるらしい。私はとうとうこの携帯電話から、別の携帯電話に買い替える事になった。
何となく、使う携帯電話が変わってしまったらこのメモも終わるような気がした。事実ほとんどメモを付けなくなってしまってからは辞め時を考えていた。
なので私は今最後のメモを書いている。
今までのメモの総計は二百十五件、よくここまで続いたものだと自分でも思う。今となってはどうでもいいような、今でも大事なものの様な、何とも言えない気持ちだ。
彼女と出合ったあの夏の間のメモは、私にとって大事なものの筈だった。しかしこの頃のメモは特に恥ずかしい内容であるのも事実。
今読んだら全部読み終わるまでに三回はゲボを吐くだろう。忙しくなった事でメモを読み返す事も無くなった。私がどんなメモを残して来たのか、今ではほとんど忘れてしまった。
しかし最後だ。
私はメモをすべて読み返してきた。結果から言うとゲボは吐かなかった。
読み返してみれば、あの夏の間の話ははまるで作り話のようだった。嘘だ嘘だ!と脳内議会が盛り上った。彼女の事を由梨絵さんと勝手に名付けていたことも忘れていたので恥ずかしくて一度ゲボを吐いた。嘘を着いた。ゲボは何とか飲み込んだ。
何にせよ読んでいて楽しかった。メモを残しておいて良かったと感じた。今日の自分の為に私はずっとメモを残してきたのかもしれない。
そういえば読み返していて思った事がある。私が「メモ」と呼んでいるこれらはほとんど日記の様な内容である。何故私はこれを日記と呼ばないのだろう。考えてみた。
日記とは日々の記録である。今日どこそこに行ったとか、何を思ったとか、事実を書き記すものだと当時の私は思っていたのではないだろうか。
私のメモはというと日記のような体裁でいて嘘ばっかりである。メモの中で煙草のキャンペーンガールと交際したりしている。酷い嘘だ。
きっとこれを日々の記録にしたくなかったのだろう。その嘘すらも日々の記録に他ならないので、結局日記は日記なのかもしれないが。
そういう点で言えばあの夏に出会った彼女も今となっては事実であったかどうか疑わしいものだ。いや、私も彼女と出会った事はよく覚えている。よく覚えているからきっと事実なのだが、もしかしたらそんな嘘をメモしているうちに本当にそんなことがあったような気がしているだけかもしれない。
あの夏から随分経ってしまった今となっては確かめようも無い。だとしたら彼女は本当に幻覚だったと言うことだ。
幻覚が私の人生を変えたのか。それはそれで凄い事かもしれない。
私の嘘や言い訳はいよいよ自分を完全に騙す域まで到達している。
おお怖い。
現実だろうが嘘だろうが、あの日の彼女が私の背中を押したのは事実だった。
彼女との最後の別れ際、練馬駅で彼女に「頑張れよ!」と背中を思い切り叩かれた時の事は今でもはっきりと覚えている。叩かれた背中の感覚も思い出せる。加減を知らない彼女の張り手は容赦が無く痛かった。
そしてあの言葉と張り手が私の背中をどれほど強く押したか。なんて彼女が聞いたら笑われそうな話だ。
何にせよ嘘だろうが誠だろうが、今の私にとってそれは重要ではない。さっき脳内議会で嘘でも綺麗な方がいいと可決されたではないか。
今でも彼女は存在している。少なくとも私の記憶の中には。
さて、私の最後のメモもそろそろ締め括ろうと思う。最後に一つ、馬鹿だなあとも思ったが不思議と心を打つメモがあったので、もう一度紹介して終わりにしたい。
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著/がるあん
イラスト/ヨツベ
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