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侍JAPANの完全試合に垣間見えたチェコ野球界の現在地と明るい未来(チョコっとチェコ語講座⑤)

鳥谷敬以来の大型遊撃手と囁かれる明治大の宗山塁内野手が注目を集め、今秋は【宗山ドラフト】などと噂されている。一方、其の夜は、同じくドラ1候補と目され、その宗山や西川史礁外野手(青学大)と共に侍JAPAN(Samurajové Japonsko)に選出された関西大の左腕・金丸夢斗投手が先発に抜擢され、彼の快投から継投による完全試合が成し遂げられた。

前日、ワシら鯉党が期待する八番坂倉から二番小園までをあっさり四者凡退に斬った後、三番近藤への投球中、ヨーロッパ代表(Evropská Reprezentace)のマウンドに倒れこんだチェコ(Ceská Republika)球界のレジェンド、Martin Sneider(マルチン・シュナイダー)投手。彼のお見舞いも兼ねて欧州軍に肩入れして生観戦していた身としては、どよーん、、と心淀んでしまうパーフェクトゲームであった。が、同時に、2014年から折に触れてチェックして来たチェコ野球界の現在地が見えたような試合でもあった。

まず、昨秋にチェコで自国開催された欧州選手権で圧倒的な優勝を果たしたイギリス(Velká Británie)からは今回の欧州代表には誰一人派遣されていないし、アメリカ(Spojené státy Americké)のスプリングトレーニング中のマイナーリーガー達も一切参加していない。そんな事情の中、四人のチェコ人選手の他、P・Chadim(ハジム)監督も一塁ベースコーチとして今回の欧州代表に名を連ねた。簡単に5名を紹介しよう。

①ヨーロッパ代表でも四番を任されたキャッチャーのMartin Červenka(マルチン・チェルヴェンカ)は、かつてニューヨークメッツの2Aでもプレーしたキャリアの持ち主で、長年、チェコ代表チームの主砲であり、大黒柱である。今季から第二の都市ブルノ(Brno)を本拠地にするHrosi Brno(Hroch=カバ)に所属している。

②WBCの中国(Čína)戦で起死回生の逆転3ランを放ったMartin Muzík(マルチン・ムジーク)は、そのパンチ力のみならず、3.11の日本戦でも見せた様な華麗なハンドリングの守備でもチームを支えている。チェコで一番美しいと言われるフルボカー城の城下町で、ソコルフルボカー(SOKOL Hluboká)と云う自軍の野球場の整備も任されながらプレーしている。チームの顔が裏方の主でもあるわけで、チェコでは珍しく野球漬けの日々に恵まれている選手とも言える。独立リーグのBC神奈川からのオファーを受け、ハジム監督は当初、ムジークを推薦したらしいが、フルボカーでのその様な野球環境を優先した結果、若手の有望株、ミラン・プロコップ(Milan Prokop)内野手がマサリク大学(Masarykova Univerzita)を休学して来日し、NPB入りを目指し奮闘することになったようだ。

③前述のシュナイダーは代表きってのレジェンドである。若い頃からショート(spojka)とピッチャー(nadhazovač)の二刀流でチェコ野球界の顔であり続けて来た。そして、日本のメディアでも紹介されたように、普段はチェコ第四の都市、オストラヴァ(Ostrava)で消防士として地元の火消し役としても活躍し、お膝元のアローズと云うチームに所属し、三刀流とも云える超多忙な人生を生きる生粋のベテランファイターである。

④これまで何度も日本のメディアに栗山英樹監督と登場しているお馴染みのハジム監督は、チェコ第二の都市、ブルノの名門チーム、Draci Brno(ドラシブルノ【ドラシ=ドラゴンズの意】)では野球殿堂入りしている程のレジェンドであり、目下そのブルノ市内で神経医として開業している正真正銘のドクターである。やはり人徳厚き愛すべき人格者である。私も度に触れて、彼の細やかな心配りに心救われた一人である。

⑤そして、この稿のターゲットは、若き主砲、Marek Chlup(マレク・フルプ)である。その風貌からもニューヨークヤンキースのアーロン・ジャッジに例えられる三拍子揃った大型外野手で、3.11に佐々木朗希から目の覚める様な二塁打を放ったあのイケメンくんである。アメリカのノースグリーンビル大六年生で、いよいよこの秋のドラフトでMLB入りを目指している。このチェコ野球界の夜明けを担うフルプが、今回の大阪遠征で見せた打撃内容の現在地が、そのままチェコ野球界の現在地を投映していた気がするのだ。

井端JAPANとの対戦前に、欧州代表は、今季からウエスタンリーグに参戦する静岡のプロチーム・くふうハヤテと練習試合を行なった。この試合で、フルプは左中間に快心の逆転3ランを叩き込んでいる。気を良くして臨んだ翌々日の侍JAPAN・山下舜平太に対した打席は、一球一球目を見張る対決になった。明らかに直球一本に絞っているフルプに対し、打ち気を逸らす変化球を連投した山下だったが、最後の決め球に、ようやく渾身のストレートを投げ込んだ。私には、その一球がやや苦し紛れにも見えた。フルプは、その快速球を待っていました!とばかり強振してセンター後方を襲う痛烈なライナーを弾き返してみせた。中堅・塩見の好捕に阻まれなければ外野フェンス直撃の当たりを放ったわけだ。

ところが一方で、翌日、完全試合を許した悪夢の夜には、全打席通じて、昨秋の欧州選手権でも同様であった如く、空っきしバットに当たらなかった。フルプの試合前の打撃練習を眺めていると惚れ惚れする快音を残して、弾丸ライナーが次々と外野フェンスを越えて行き、その美しい弾道に見惚れてしまうものだ。

つまり、佐々木朗希や山下舜平太の投じる豪速球を100%直球だと決めつけて掛かれば、その一級品の快速球をミート出来る才能には恵まれているわけである。
これは一流の選手でもなかなか出来ないポテンシャルである。
だが一方で、変化球やチェンジアップがプロフェッショナルな配球の中で織り混ぜられ投じられると、バットに当てることすら敵わない現状のアプローチである。打席のルーティンの中で、直球以外のボールには肝心要のトップの位置が定まらずに揺らぐからだ。これは、また一流な選手であっても一旦不調に陥れば、フルプ同様に多少揺らいでしまう。打ちたい打ちたい、何とかしなければ、、と焦る気持ちが先走りして、身体がどうしても泳いでしまい、ボールを迎えに行ってしまう。要するに自分がバットを振り出す基点の位置が、配球に翻弄されることで、ブレたままにジタバタとバットを振らされる、あるいは振れない、のである。その様に心身のバランスを崩した打席の結果は、無論、自明である。

3月4日のハヤテ戦でのホームランを見る限り、フルプの中では調子は絶好調に近かったはずである。しかし、金丸夢斗以下、高いレベルの投手陣にプロのキャッチャーの巧みな配球で緩急自在に操られると、彼の美しい空振りの軌道ばかりが京セラドームとテレビの前の目の肥えた我が国の野球ファンを楽しませた。私は、チェコ人記者の陣取るスタンドの高い位置からその空回りを俯瞰しつつ、同時に、チェコ野球界の現状と近未来をも、身勝手に俯瞰した気になっていた。

チェコ代表の明るい未来は、例えばフルプが、欧州代表との一戦目に先発したオリックスのエース・宮城大弥の投じる絶妙に抜け落ちるチェンジアップに対し、泳ぎながらもファールに逃げれたり、甘く入った変化球に対し、溜めを作ってヒットゾーンに運べるレベルに到達した時にもたらされるであろう。その暁には、フルプのポテンシャルはNPBの域を凌駕し、MLB選手並の大器が遂にメイドインチェコで産ぶ声を上げる時である。しかし、その一ミリの大河がプロ野球選手の運命を決する。その一ミリの激流に沈没せずに、緩急の渦を支配出来るのは極ひと握りの選ばれし者のみなのである。
フルプの現状バッティングスキルは2Aの大砲レベルであろう。
メジャーへの階段を登りながら試行錯誤する彼が自国チェコ共和国代表に戻る度に、かのエリック・ソガードが昨今、チェコ野球界に還元している如く幾多のスキルや経験を、更に上書きし続けながら中欧の小さな国を野球大国にレベルアップさせてくれるはずである。

現に世界基準はフルプだけではない。昨秋、私が関係者に推薦したのはWBCで遊撃手を務めたチェコ代表の斬り込み隊長Vojtěch Menšík(ボイチェフ・メンシーク、通称:ボイタ)だったが、やはり名も無き私の戯言など一蹴されたようで、今回の欧州代表では選外になった。ボイタは、ロサンゼルスエンゼルスの1Aにも在籍した程の素質ある選手で、ショートの守備や走塁の技術はNPBレベルと何ら遜色が無い。一芸に秀でたユーティリティプレイヤーがチェコのセンターラインを支えているのは代表チームの編成上、非常に心強いはずだ。フルプやプロコップと共にチェコ代表の屋台骨を支えていく使命を負った韋駄天である。そう、我がカープで云えば、菊池選手にタイプが酷似した右打ちの内野手である。

来たる七月初旬に開催されるプラハベースボールウィーク(Pražský Baseballový Týden)に、今年は大学日本代表も参加することになっている。コロナ禍で現地に暮らしていた頃には閑古鳥の鳴く大会だったが、今回は日本からのメディアも詰め掛け、野球熱が急激に高まりつつあるプラハの野球場が見違える雰囲気に包まれそうである。

社会主義下のチェコスロヴァキア(Československo)で、野球=敵国のスポーツと見なされ、窮地の中でプレーを続けたハジム監督は、キューバの野球狂、フィデル・カストロ議長の唯一の功績は「野球の出来る環境を最低限保持させる影響をチェコスロヴァキアにまで及ぼしたことだ」と苦笑している。鉄のカーテンの中で、ハジム氏らは、共産主義の凍土の下に懸命に野球の草の根を守って来たのだ。その受け継がれた土壌の上に、いま、チェコスロヴァキアを知らない純真な世代が、美しい緑の芝を生やすべく種を蒔き続けている。

さて、オマケにチョコっとチェコ語講座。
Marek Chlupと書いて、マレク・フルプと読む。
同様に、代表監督はPavel Chadimと書いて、パヴェル・ハジムと読む。チュルプでもチャジムでも無い。
ChとHは同じハ行の発音だが、Chのハ行が、ほぼ日本語のハ行で、ラクに発音出来る。一方で、Hのハ行はノドの奥で少し詰まった様な、そのノドの奥につかえたモノをこ擦り出す様に、ハヒフヘホを発音するのである。解りづらく言い換えれば、ギャルの様に軽くハ行を発音すればCh、呑んだくれのおじさんがガラガラ声で発音するみたいな重たいハ行がHである。。(~_~;)

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