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「人生を変える」魔法なんて、ない。

「講義は今回で最後です。今まで、ありがとうございました!」

鳴り響く、拍手の音。ここにいる誰もが、満足感に包まれていた。
ただひとり。僕を除いては……

今年の頭。まだカイロが手放せなかった頃のこと。
僕は学生時代の友人と、二人でカラオケに来ていた。
一通り盛り上がった後、歌い疲れた僕らは、少し休んでいた。

「なあ。今日この場で、2019年の目標をお互い宣言しない?」

突然彼が、切り出した。不意を突かれた僕は、若干の動揺を見せる。

「今年の目標か……」

この頃の僕は、ひどく悩んでいた。
昨年の4月に社会人になってから、9ヶ月。やることなすこと、すべてが上手くいかず、自信を完全に喪失していた。

「そうだな……」

悩みで頭がいっぱいで、目標どころではないというのが、正直なところだった。
どうやってみても、これから始まる2019年を肯定的にとらえることができなかった。
長いトンネルの、真ん中にいるような。右も、左も、光が見えないような。そんな、気がした。

僕が黙っていると、沈黙に耐えかねた彼が口を開いた。

「そういえば、文章書くのに興味あるって前に言ってたよね?」

「え? 文章?」

突然の投げかけに、再び動揺した。その意図が、わからなかったからだ。

「……うん。今でも興味あるよ」

そう。僕は昔から、文章を書くのが好きだった。
今就いている仕事は、営業だ。だけどいつか、文章を書く仕事をしてみたいな。
そんなことを以前、彼に話していた。

「実はさ。面白そうなものを見つけたんだよね」

そう言って彼は、スマートフォンの画面を見せてきた。そこには……

「人生を変えるライティング教室……?」

そう。画面に写っていたのは、天狼院書店のライティング・ゼミのウェブサイトだった。
これが、僕と天狼院の出会いだった。

夢中になって、サイトを読む。
パッと見てすぐ、「人生を変える」という言葉に怪しさを覚えた。だけど同じくらい、その言葉の魔力に惹かれている自分もいた。

「俺もライティングに興味あってさ。もしよかったら、一緒に行かない?」

当時の精神状態は、どん底。何かを変えなければ。日々、そういった焦りがあった。
ライティングにも、興味がある。彼の誘いを断る理由など、もはや無いように思えた。

「うん。オレも行きたい!」

もし本当に、「人生を変える」魔法が、そこにあるのなら。
藁にもすがるような気持ちで、僕は決断した。

翌月2月、仕事終わり。池袋。
ライティング・ゼミは、始まった。
天狼院に着いた僕は、緊張しながら席に着いた。

他の受講生は、僕より大人の方が多かった。
そういえば、プロのライターも受講するとか、サイトに書いていたよな……
自分なんかが来てもいいのかな。若干の不安を覚えた。

ドキドキがおさまらないまま、定時になった。ゼミが始まり、先生である三浦さんが話し始める。
店主であり、小説家でもある、三浦さん。話がとてもわかりやすく、何より面白かった。
僕は当初の緊張など忘れ、夢中になって話を聞いていた。

新たな学びはとても刺激的で、あっという間に初回のゼミが終わった。大きく伸びをして、一息つく。
ああ、良かった。「人生を変えるライティング教室」は、怪しいところなんかじゃなかった。
今すぐにでも、学んだことを活かして文章を書きたい。気づけば不安も吹き飛んで、やる気に満ち溢れていた。

そこからは、ひたすらライティングに挑む日々だった。
ライティング・ゼミでは、毎週文章を提出することができる。そして提出された文章をスタッフが添削し、面白かったものはサイトに掲載してもらえる。

負けず嫌いな僕は、とにかく毎週提出した。
当然、仕事もある。忙しくて疲れ果てているときも、あった。
それでも、掲載されることだけを目指して必死に書き続けた。

そうして駆け抜けること、4ヵ月間。ライティング・ゼミは、ついに終わりを迎えた。
東京天狼院に、拍手の音が鳴り響く。誰もが満足感に包まれているように見えた。
だけど……

僕の心には、ぽっかりと穴が空いていた。
達成感よりも、ゼミが終わってしまう寂しさが上回っていた。

帰り道。電車に揺られながら、ゼミを受講する決心をした日のことを思い返していた。

「そうだ。人生を変える魔法に期待して、入ったんだよな……」

振り返ってみて思う。ライティング・ゼミに、魔法なんてなかった。
あるのは、魔法とかそんな、不確かで怪しいものじゃない。
そこにあったのは、確かな道標だ。

その道標に従えば、確実に今より前に進める。そう思わせる説得力が、ライティング・ゼミにはあった。
事実、素直に従った結果、僕の文章は目に見えて向上していった。

だけど僕に起きた変化は、文章が向上したことだけではなかった。
最大の変化は、ゼミを通して日々を肯定的に捉えられるようになったことだった。

生きていれば当然、辛いこともある。悲しいこともある。
だけどそんな出来事も、書いてしまえば。ゼミで習った道標に従って、書きさえすれば。それはもう、コンテンツだ。
何が起きても、文章にしてしまえばいい。そう思えたことは、日々を生きる力になった。

年始の僕は、真っ暗なトンネルの中にいた。前も後ろも、わからない。ガス欠で、動くことすらままならなかった。
ライティング・ゼミは、まるでガソリンスタンドのように、僕に燃料を注入してくれた。前がどちらなのか、指し示してくれた。
だから僕はここまで、走り続けることができた。

「人生を変える」という当初の目的は、ライティングに夢中になっているうちに忘れてしまっていた。
だけど気づけば、人生は確実に変わっていた。
トンネルなんかもう、とっくに抜け出していた。視界はこんなにも、開けている。

その過程に、魔法なんてなかった。
確かな道を指し示してくれるゼミがあって、その道を全力で走った僕がいただけだった。

そして今、心にぽっかりと、穴が空いているのなら。
それは僕自身がまだ、走り続けることを望んでいる何よりの証拠なのではないか。

僕のような人は、少なからずいるのだろう。
大変ありがたいことに、ライティング・ゼミには続きがあった。

そう。ライティング・ゼミの上級コースである、ライターズ倶楽部というゼミが存在するのだ。
ライターズ倶楽部の受講を決めるまで、そう時間はかからなかった。


6月に入り迎えた、ライターズ倶楽部の初日。
ライティング・ゼミの初日、2月のあの日と同じか、それ以上に緊張している自分がそこにはいた。
ここにいる誰もが、自分より魅力的なコンテンツを持っているような気がした。

これから要求されるのは、今までよりも高いレベル。不安がないと言えば、嘘になる。
だけど長いトンネルを抜けた僕はもう、知っている。
人生を劇的に変える魔法なんて、ない。
あるのは道標だけ。それが指し示す方向に、確実に日々進んでいけばいい。

やってやる。
ここからまた、スタートだ。

僕は再び、前に向かって走り始める。
どうかこれからも、見守ってくれたら嬉しく思う。

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