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艶とは何か、色気とは何か、なりたいのはどんな自分なのか

漸く仕事に慣れてきた新入社員時代の或る日、ある先輩と偶然一緒のタイミングで更衣室に居た時、「ちょっとお茶でもどう?」と、その先輩に誘われた。
少し離れた場所で仕事のやり方を見守ってくれていた先輩だ。小さくて細くて、お洒落で物静かで、飾り気がなくておっとりしていて、所謂「(小さな)大人の女性」という感じの方だった。
業務の内容からも私とはあまり接点はなく、その時以降お茶に行く事もなかった為、恐らくこのお茶はその先輩の気紛れだったのだろうと思う。
何年か経った今でも印象に残っている事について書いていこうと思う。

その先輩と私は職場から出て、すぐ近くのコーヒーチェーン店に入ってお互いコーヒーを頼んだ。財布を出そうとした私に先輩は「いいよ、出すから」と事も無げに言った。
空いている二人席に適当に座り、先輩は「で、最近どうなの。仕事上手くいってるみたいだけど」と、少し久し振りに会った友人とお茶をするように、私に話を振ってきた。
詳しい話の内容については、私は正直あまり覚えていない。本当にとりとめもない、他愛もない話からそれに関連するような事、お互いの共通の話題である社内で起きた面白おかしい事を話していたのだと思う。主に私が話をし、先輩がそれに相槌を打つような形だったように思う。

デートのようだな。
先輩と同じタイミングでコーヒーに口を付けるタイミングで、私はふとそう思った。
私は他の先輩や友人とお茶をしているのをデートと感じる事はなかった。なのに、この先輩とお茶をしていると、まるでデートのようだと感じる。この違いは何なのだろう。私がその小さな不思議に思いを馳せていると、先輩が私に対してこう言った。

「ずっとあまり悩みがなさそうな子だな、と思っていたけれど、本当はとても沢山の事を考えているの、今初めて知ったな」

……私は今ほど色んな事について深く掘り下げて考える事をせず、ただひたすら仕事を覚える事ばかりしていたから、そう評された事がとにかく意外で、思わず面食らってしまった。ええ、そうですか?と力なく笑って返すと、先輩は心から感心したような目で、黙って私を見ていた。

ああ、この人のこの雰囲気が「デートのようだ」と思わせるのだな。……先輩のその目を見て、やっと私は気が付いた。
胸を強調しているわけでも、肌の露出が多いわけでも、色目を使っているわけでもない。彼女独特の落ち着いた雰囲気から醸し出される「色気」、とにかくいやらしくない「余裕」と「アンニュイさ」が、彼女自身の魅力なのだなと、そして、私は入社して以降ずっと、彼女のこの魅力が欲しかったのだなと、まるで友情が恋に変わったと気付いたその瞬間のように、私の頭の中にあった「謎」がようやく腹落ちしたのが分かった。

飲み終えたカップを片付けて駅で別れた後、先輩のような「いやらしくない色気」はどうしたら手に入れられるかをずっと考えていた。人間というものは単純なもので、そして私自身も恐ろしく単純なもので、思い立ったが吉日、という勢いでその日以降「目指す色気」を手に入れる術を模索し始めた。

そして、恐らく今でも同じ事をずっと追い求めている。「色気」というよりも「艶」を、その先輩とは違う「自分らしい魅力」を、ずっと追い求めている。そしてこれは恐らく、「(自分なりの艶を)手に入れられた」と、目標に追い付ける事は決して有り得ないだろう。その時その時の自分は常に進化し続けているから、そこで満足してしまうと、成長が止まってしまうような気がするからだ。
今、私を知る方は「些細な事でもとても深く掘り下げて考え、色んな知識を得ようとする人間なのだな」というのをご存知だと思う。それはお茶をした時に先輩が言ってくれた事にも関連するのだけれど、その事自体が私の持ち味であり、活かすべきものだと思った「長所」だと思った部分だ。
悩みがなさそうという点も、何かと難しそうな雰囲気を醸し出している訳ではないというのが長所になるだろう。

たまに立ち止まって「なりたい自分との差」を確認しながら歩いていきたいと思う。更により良い自分になる為に。

2020.3.17. 吹きすさぶ冷たい風に対する春の陽気を眺めながら

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