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地方出身のオタクが新宿で人生最初で最後のナンパをした話

新宿、ビジネスと喧騒が交差する街。

新宿、通り一つ隔てるだけでガラリと雰囲気の変わる街。

新宿、地方出身者が嫌というほど通過するバスターミナルの街。

きっと人それぞれに新宿への想いがあるのだと思う。

あなたは新宿が好きですか?

ある約束

夜19時、僕は新宿中央公園のベンチで泣いていた。

それは7年前、2014年の4月3日。大学3年から4年となった僕は、目まぐるしく動く就活狂想曲の真っ只中、採用合否の電話を受け取っていた。

「もし一緒に内定出たら、一緒にお祝いしようね」

約束をしていた。僕はこの約束、守れないと思っていた。

散々だった。

散々な最終面接だった。

余裕を持って突破したはずのSPI試験。
優秀な東京の私大生相手に、議論をリードして見せたグループディスカッション。
IT業界への情熱と、自身の学生としての能力を冷静に伝えられた二次面接。

慣れない東京で、全ては騙されたかのように上手くいっていた。最終面接を迎えるまでは。

新宿、四つ星ホテル、最終面接

4月1日。その日、最終面接に向かうために僕は新宿の青梅街道を歩いていた。
会場は、とある四つ星ホテル。その一室が、最終面接会場だった。

東京の会社は、面接のためだけに四つ星ホテルをフロア借りするのか。
東京の会社は規模が違うんだな。東京はすごい。
面接待機用の一室で、冷静な頭で面接内容を組み立てながら、就活スーツを着た僕はどこか夢見心地のようなフワフワした感覚に襲われていた。

「皆さんには、今から隣の人と会話をしてもらいます!雑談でリラックスしましょう!」

人事の声が聞こえる。何の話をしよう。東京に初めて来た話をすれば、大体の就活生は笑ってくれる。Suicaを初めて作った話でもしようか。
なあに、こんなのはただの時間潰しだ。一度終われば、あとは準備した通りに面接をするだけ。きっと上手く行く。

「こんにちは」

名前も知らない女の子が話しかけてくる。聡明そうな子だ。
こんにちは。自分は地方の国立大学の文学部です。あなたは?

「●●大学の、▲▲学部です」

私大文系では国内トップ、その中でも最も偏差値の高い学部だ。

●●大ですか!東京の就活生って感じで緊張します。頭いいんですね!

「うん、そうだと思う。でもそれにはね、きちんと理由があるんだよ」

びっくりした。「そんなことないですよ」、と言われると思っていたからだ。
謙遜は最も当たり障りのない返答だから。その子にとって、田舎のよくわからない就活生と、きちんと会話をする理由もないのだから。

でも、その子が教えてれたのは、東京のその大学での生活だった。
どうして政治を学ぶ決心をしたのか。なぜ大学から東京に出たのか。
ゼミの課題の辛さ。サークルとの両立の辛さ。

「私とあなたの世界は違う。だけど、それをリスペクトしている。だから、私は私のことを卑下せず話す。あなたも卑下せず自分のことを話してほしい」

要約すると、そんな話だった。僕は目から鱗だった。

「では次の方、面接室へどうぞ!」、人事の声がする。

「じゃあ、お互い頑張ろうね!」

名前も知らないその子との会話は終わった。
最終面接の火蓋は切って落とされた。

ナンパ

最終面接。緊張で言葉が出てこない。頭は真っ白。
面接後にはメモを残すのが習慣になっていたが、何も思い起こせないほど、緊張していた。散々な出来だった。

余裕を持って突破したはずのSPI試験。
優秀な東京の私大生相手に、議論をリードして見せたグループディスカッション。
IT業界への情熱と、自身の学生としての能力を冷静に伝えられた二次面接。いけると踏んでいた。

あっけなく最終面接終了。これはきっと落ちたな。
残りの手持ちもあと数社だ。就職で東京に出る道はかなり厳しくなった。
だけど、全力は出し切った。あとはもう祈るくらいしか出来ない。

さっきの子はどうだっただろうか。面接は上手くいっただろうか。

凄い子だった。もう一度話してみたい。
目が覚めるような会話だった。名前も知らないが、仲良くなりたい。
連絡先も知らない。でも、会場は一緒だった。

ならば出待ちしよう。

待ち続けること10分。様々な思いが頭を過ぎる。

これ、かなり良くない行為なんじゃないか?普通に怖くないか?
いや、話したいなら今、勇気を出すべきだ。

これ、見方によってはただのストーキングじゃないのか?
いや、きちんと理由を話そう。嫌がられたらその時はきちんと引けばいい。

旅の恥はかき捨て。一番嫌いな言葉じゃなかったのか?
自分はいずれ東京に来る、今日はそのための準備。これは旅じゃない。

思考は同じ場所を何度も、ぐるぐると回っていた。

ぐるり、とホテルのエントランスの回転ドアが回る。数十分前に見た人影と同じ影が見えた。

「あ、さっきの人だー!」

笑顔で近付いてくる。気付いたら僕は、なぜかハグされていた。

内定が出たら、お祝いをしよう

東京で出来た、初めての友達だった。

地方といえど、長野から東京は新幹線で2時間。そう遠い場所ではない。
だが、大学まで一度も県外に住んだことがなかった僕にとっては異国も同じであった。

異国で出来た初めての友達。新宿区役所前の窓のないカプセルホテルで2週間も就活のために寝泊まりしていた僕は、窒息寸前だった。
楽しく会話をできる相手が出来て、新宿の街で初めて呼吸が出来たような感覚だった。

突然声をかけてごめんなさい。面接前にした話がすごく楽しかったから、もう一度話したいと思ってたんです。

「そうだったんだね。私も楽しかったよ、すごくリラックスできた」

そこから新宿駅への道すがら、公園を歩きながら名前を教え合い、LINEを交換した。

「一緒に内定出たら、その時は会ってお祝いしようね!」

うん、絶対お祝いしよう!美味しいもの食べに行こう!じゃあね!

自分で言っておいて、叶わなそうな約束だった。それくらい、最終面接には全く自信がなかった。

内定通知

4月3日、就活解禁から3日目。解禁と言いながら、多くの大手企業は解禁日までに学生の囲い込みを終わらせている。
解禁日以降に企業がすることは、最終面接と即内定。就活狂想曲の中でも特におかしな制度の一つだ。

その日、僕は採用内定の通知を受け取った。働きたい業種で、東京で働ける。
とても嬉しかった。受からないと思っていた。だけど受かった。

夜19時の新宿中央公園で電話を切ったあと、僕は泣いていた。
喜び、不安、疲れ、いろんな感情の混じった涙だった。
寂しい都会の日々、知り合いのいない新宿のホテル暮らし、それが今日終わる。来年から始まる社会人生活への期待。
就活は終わった。安心して、長野に帰ろう。

「人事から電話あった?」

その子からのLINEだった。ふと我に帰る。
あれからずっとLINEを続けていたが、遂にこの時が来てしまった。
相手が不採用だった場合もあるから、返信をよく考えなければいけなかった。

少し電話できる?

電話口での声ですぐに分かった。その子もしっかり、同じ企業に内定が出ていた。

今すぐ会おう。

指定された駅へ向かうため、僕は新宿駅からJR青梅線に乗った。
降りたところは青梅市の手前、JR青梅線の羽村駅だった。当然、聞いたこともない駅だった。

改札前にいたその子に手を降って近寄ると、何度も就活の成功を喜んでお互いに祝いあった。物凄い安堵感に包まれていた。

朝帰り

いや、この章タイトルはお前ダメだろ。色々とアレだろ。しーっ!

駅近くのコンビニでジャックダニエルの瓶を買い、そのあと部屋で手作りカレーを食べさせてもらった覚えがある。お酒であやふやな記憶を抱え、始発で新宿行きの電車に乗った。

二日酔いというより、普通にまだ酔いが回っている身体に、冷たい朝の空気が纏わりつく。身体からは、相手の重ねた肌の香りが強く残っている。強烈な疲労感と倦怠感。何やってんだ、早く長野に帰りたい。色々忘れて寝たい。都会怖い。東京怖い。ワンナイト怖い。

それは僕が東京で初めて感じた、ワンナイト朝帰りの死にたさだった。何であんなに死にたくなるんだろうな、朝?

その後

結局それぞれ別の会社に入社しました。
あれがナンパだったかと言われると、街で声を掛けまくるようなナンパではないと思いつつ、なんであんな狂ったことしたのかも、今となってはよくわからん。
まだ東京に全く染まっていなかった頃の、優しい思い出の一つでした。

「私とあなたの世界は違う。だけど、それをリスペクトしている。だから、私は私のことを卑下せず話す。あなたも卑下せず自分のことを話してほしい」

これ、めちゃめちゃ大事だと思うんですよね。久しぶりに思い出したけどやっぱりこれを初対面の相手に言えるのは凄すぎる。傑物だわ。

ちなみにこれ以降、ナンパしたことはないし今後も多分ありません。

ナンパされたことですか?一度だけあります。23歳の時に渋谷のクラブ(確かclubasia)で外コン勤務のお姉さんに「36歳前後のアラフォー男性」だと思われてナンパされたこと、あります。マジで悲しくて泣いた。その悲しみとレモンを噛み締めてロンリコショットを何度かして、フラフラの生まれたての子鹿みたいになりました。渋谷の中心で生まれたての子鹿になった僕。お母さんごめんなさい。

実年齢が外見の年齢に近づいてきました。今やもう限界アラサーです。
あー結婚したい。ナンパでもするか?オタクには絶対無理です。この前酔っ払って寝て、朝起きたら結婚相談所の登録画面を開いたままスマホを握りしめて寝てました。これ、トリビアの種になりませんか?

乱文乱筆失礼しました。それでは皆様もお元気で。

かしこ

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