落ち葉マルチ
<落ち葉マルチ>
11月にもなれば標高の高い山や渓谷から始まった秋の装いが里山まで降りてくる。そしてあっという間に木枯らしが吹き、地面は落ち葉の絨毯で染まる。その落ち葉の隙間から顔をだす草木が目につくだろう。百姓たちは静かにその落ち葉を集めて、イモを焼いたり、堆肥を作り出す。
秋が深まると落ち葉はそれぞれの彩りを持って大地に静かに降り積もる。落ち葉は地表を守る緩衝作用を持ち、落ち葉の層が保水力を持つ。雨は樹冠を伝って地面に向かい、落ち葉を介してジワーっと地表に達し、地中にゆっくり浸透する。これが緑のダムと呼ばれる単純な仕組みである。
樹木は緑の葉っぱに使っていたチッソ分を回収したのちに落葉する。そのため落ち葉は炭素とミネラルの塊とも言える。
その炭素のうち10%ほどの美味しい成分(セルロース)と90%の食べにくい成分(リグニン)からなる。どちらも水に溶けない。一度は水に溶かさないと食べ物を吸収消化できないのは動物も微生物も同じ。そこで微生物は酵素セルラーゼを使ってセルロースをグルコース(ブドウ糖)に分解することができる。そこからエネルギー源を得る。
ヒトは自前の酵素では野菜の主成分であるセルロースを分解・消化できない。ヒトはコメなどに含まれるデンプン(セルロースと同じ多糖類だが結合様式が異なる)なら分解・消化できる。
この落ち葉をそのまま分解できるのができるのは微生物つまり細菌、原生動物、カビ、キノコなどしかいない。落ち葉を積み重ねておくだけでキノコが発生したところを見たことがある人もいるだろう。
意外かもしれないが森の中の土は栄養分が少ない。実際に森の中の土を手で掘ってみると表面だけが団粒化していることが分かるだろう。さらに常に酸性条件であり、微生物はいつも瀕死の状態。薄い細胞膜で囲われたワンルーム構造しか持たない単細胞生物は少なくなり、ストレスに比較的強い多細胞生物のカビやキノコがなんとか生き残る。
カビやキノコは数ヶ月かけてゆっくり世代交代しながら数年かけて落ち葉を食べ切る。ギリギリで生きていることでかえって食材の貯蓄(落葉層)の持ちは良い。そのために落ち葉の亡骸は層となり、保水力を保つ。
微生物にとって森の中は栄養分の少なさと酸性条件の二つの悩みを常に抱えている。微生物にとって酸性条件では酵素で溶かした栄養分を吸収するときに水素イオンまで体内に入ってきてしまう。これでは細胞内の組織がダメージを受けてしまう。
この条件がないのが畑の土。成長の速い細菌やカビ(フザリウム菌など)が主役となり、数ヶ月で落ち葉を食べ尽くして死んでしまう。そのため落ち葉マルチはあっという間に春には分解し尽くして、その隙間から雑草が芽生えるだろう。
カブトムシの幼虫のご馳走こそ、腐葉土(腐りかけの有機物)である。分厚い腐葉土を持つ温帯林や熱帯山地林はカブトムシの楽園。涼しい気候のおかげで落ち葉をすぐに分解してしまうシロアリや微生物の活動が緩やか。
カブトムシの幼虫もまたミミズのように、体内にセルロースを分解する微生物を住まわせて、彼らに分解を頼っている。カブトムシの幼虫の腸内はph12にもなる強アルカリ性。美肌の湯と呼ばれる強アルカリ温泉並みだ。体内を強アルカリ性にすることでリグニンなどを溶かしてセルロースが消化しやすくなる。
幼虫は他にも腸を持っていて、そこでは腸内をアルカリ性から中性に戻し、酸素が少ない条件を作って発酵細菌の過ごしやすい環境を整える。
立派な角と甲羅はキチンというタンパク質からできている。そのタンパク質を得るために幼虫は腐葉土と一緒に土ではなく、チッソ分豊富なカビ菌を食べている。堆積している落ち葉をひっくり返すと菌糸が張り巡らされているのを観察することができる。さらに、大気中のチッソガスをアンモニアに変える共生微生物も腸内に住み、タンパク質を合成する。
方法や仕組みは少しばかり違えど、シロアリやゴキブリ、クワガタムシ、甲虫類の幼虫(ネキリムシ)、ダンゴムシも同様に落ち葉や木材を土に変えていく。彼らは畑のカビ菌を食べ、チッソ分豊富な団粒構造のウンチ(土)を排出している。
アマゾンに住むとある民族は普段イモや果実ばかり食べているのにも関わらず、筋肉隆々の体をしている。それを不思議に思った研究者が腸内を調べたところ、窒素固定菌の仲間が住んでいたことを明らかにしている。まさにカブトムシの幼虫と同じなのだ。これは面白い。
針葉樹の落ち葉は分解されにくいリグニンを多く含み、また栄養分も少ないためミミズや微生物が餌とせずになかなか分解されない。イチョウの葉も分解が遅いがそれはケイ素を多く含むから。ミミズなどの土壌生物はこれを好まない。同じ理由で籾殻もずっと残る。畑では使い方には気をつけたい。
またホオノキの葉や笹の葉が分解されにくいのは葉に抗菌作用成分が含まれているため。そのために保存食などに利用されている。そのため雑草を抑制するマルチとして利用しやすい。
木材もまた針葉樹の方が抗菌性物質を多く含み分解されにくい。そのために建築材として利用されている。照葉樹の葉が分解されにくいのは葉に蝋成分のワックスで覆われているから。もちろんこの成分もいずれは綺麗に分解される。分解が遅いおかげで雑草抑制には使いやすい。
江戸時代の農民は冬の間に雑木林の落ち葉をせっせと集め、下水や風呂の水をかけて腐食させ、堆肥を作った。20歳くらいのコナラやクヌギは伐採されて、薪やキノコのホダ木にする。薪を燃やしてできる灰も、キノコ栽培の後のオガグズも立派な堆肥となった。それらの木は萌芽更新によってまた立派な雑木林を形成する。
また落ち葉は牛や馬のフンの匂い隠しや舎内の敷き藁の代わりにも利用され、そのまま堆肥化された。雑木林と田畑のエッジにはコンパニオンプランツの草木が生えてくるが、これには牛馬が好む草が多かった。
落ち葉を畑のマルチとして利用すると森の中と同じように緩衝作用を持ち、保水力を保ってくれる。さらに微生物と土中生物たちの活躍により追肥効果が生まれ、生物熱と落ち葉の層による蓄熱・保温効果も生まれる。夜間の冷え込みや大雪による被害、冷たく乾いた風を和らげてもくれる。
落ち葉マルチは野菜にとってお布団のような働きを持ち、彼らは元気によく育つ。その証拠に落ち葉が厚く積もった場所から春の野草が元気に顔をだすのを見ることになるだろう。自然農はあくまでも自然を真似するだけでいい。
夏の台風や冬の大雪で落ちてきた枝などもシガラミや柵、階段の足がかりなどに利用しよう。これもまたいずれは土に還り、野菜や果樹の一部に戻る。杭として使う場合は炭化するのもオススメだ
紅葉する山に近い道路や林道を走れば、アスファルトの上に散らかっている落ち葉を大量に得ることができるだろう。この落ち葉は側溝や田んぼの水路などに溜まってしまい、水の流れを妨げるばかりか、車両事故にも繋がるため掃除をするつもりで、落ち葉をいただこう。
~放線菌~
良質の堆肥には必ずいると言われる放線菌。姿形はカビなどの糸状菌に似ているが全く違う細菌(バクテリア)の仲間であり、堆肥の表面に白い粉がついていて、土の良い匂いがすれば放線菌に間違いない。
細菌と糸状菌の中間的な性質を持つ微生物で菌類に分類される。微生物資材としても多く利用されている。放線菌は中性を好む(6~7.5)
その匂いはまさに放線菌が出す物質のことだ。雨上がりの森林を歩く時の匂いもまさにそれで、人間はその匂いを感知する能力に長けているという。セルロースや分解が難しいリグニンなどの固い繊維を分解する能力を持ち、さらにそこから腐植物質を作るため放線菌がいる堆肥は黒っぽくなる。
放線菌には窒素を固定するフランキアという種が存在し、非マメ科植物(ハンノキ、グミ、ドクウツギ、ヤマモモ、モクマオウなど)と共生関係を結ぶ。
ただし放線菌にも病原菌となる種がいる。イモの表面にかさぶた状の症状が現れるジャガイモそうか病がその一つ。人間にも放射線菌症という呼吸器官や消化器官に感染を起こす感染症がある。
カビなどの有機物を分解する働き、抗生物質を生み出す菌が多く病原菌を抑制する。またわたしたち人類にとっても感染症の治療薬の開発に役立ち、ストレプトマイシンはその代表として知られている。ほかにも医薬品や農薬、家畜の飼料添加物などに利用されてきた。