BPD回復のあゆみ②心療内科編(病院探しの参考にどうぞ)

メンタルヘルスに悩む人、特に病院選びに悩む人に読んでもらいたい話をいたします。何かしら役に立つかも。例によってダラダラ長くなったので、メインのところが知りたい方は下の方にスクロールして、東京時代からお読みください。目次分けする余裕がなくて…。とにかく駆け足で書かせていただきます。



では、私の心療内科遍歴を辿りながらお話させてもらいます。


まず、大学で真っ当な生活が送れなくなり心療内科へ。そこでは金持ちなおっちゃん先生がゴルフの話とか日常の話をしながらパキシルを適当に処方するだけという治療(?)が2年ほど続きました。

そこでパキシル依存へ。離脱症状がひどく、飲み忘れたときの焦燥感がすごかったです。頭の中で鈴みたいな音がシャンシャンとしました。逆に飲むと何だか安心というか。それはそれで薬の効果なのかもしれないけど、ただの鬱ではない私は何かが完治するでもなく、相変わらずのメンヘラな日々をすごしていました。昼夜逆転、異性にどっぷり依存、ヒステリー、自傷。


それから卒業と同時に実家へ戻され、実家から近い心療内科へ転院しました。そこでも結局内容が違う薬が何種類か出されて世間話をするだけでした。

そのときにはもう自分がBPDだとわかっていて、カウンセラーさんがいる病院を選んだつもりだったのですが、カウンセリングは実施されていませんでした。

その頃は実家にいて、共依存状態にあった彼とも離れていたのでヒステリックな感じはあんまりなくて、でも虚無感とすごい眠気がありました。大学時代から過眠でしたが特にこの頃が酷かったです。


この過眠モード、毒親サバイバーだったりACの人だったりがプツッとある日社会生活を送れなくなってからなったりしますよね。


この時期って、今までおそらく幼少期から頑張り続けてきた人がやっと休めた大切な時間なんだと思います。ずーっと過眠が続いてしまう人もいると思うけど、おそらく精神のどこかがずっと頑張り続けてるから脳が死ぬまいとしてるのではないかと。なので難しいけど過眠で自責しないでほしいなぁとは個人的に思います。わからんけど。。



話を戻します。この実家近くの病院では覚えていませんが4種類ぐらい薬が処方されていました。数ヶ月の実家での過眠期を経て、非正規ではありますが仕事をしたり公務員の専門学校に行ったりして生活リズムが安定していたためか、甘える人がいない環境だったからか、BPDっぽい荒れ方をしていた記憶はありません。



このときの病院の前か後かわかりませんが、他の心療内科にも行っていましたが、そこもパキシルを出しておしゃべりのみでした。地方の病院ってそんなかんじです。


ここから東京期↓


その後いろいろあって公務員試験のための専門学校在学中に現在の夫と婚約し、夫の赴任先である東京へと移り住みました。


この移住がなければ恐らく私は一生精神の嵐の中で苦しんでいたと思います。現在の年齢まで生きていなかったかも。BPDの人って死ぬつもりなく自傷をして事故的に亡くなってしまう人がいるそうですね。めちゃくちゃわかる。


この東京時代は私にとって一番辛い時期でもありました。


夫に選んだ人は超理系能、他人と自己の分離は120%、人の気持ちを想像するのは苦手、勤め先は建設業界で超ブラック、徹夜は当たり前、4日現場に泊まり込み有り、といった感じの人。


異性をブンブン振り回して愛を感じたい私としては発狂モノでした。

夫の働き方は心配だし、私を一番にしてもらえない。私が強い酒を飲んで床に倒れていても、包丁を持ち出しても「俺が悪かったよ」とは言ってくれない。

私はろくな社会経験もスキルもなく、人前で緊張して字が書けないという社会不安障害もあったため働こうという気になれず、夫以外の人間関係はなし。働こうとしない私をクズ断定する夫。今思い出しても息が苦しくなります。


この頃はお米を米びつから研ぐためのボウルに移すために1杯,2杯…  と数えるのに必ず3杯目ぐらいでわけがわからなくなり何回も数え直してもなかなかできなかったり、スーパーでお会計を終えた商品を袋に詰めるのにすごく時間がかかったり、おそらく鬱状態にありました。当時住んでいたマンションの間取りは今もモヤがかかったように思い出せません。



そんな状態で何とか探し出したのが恵比寿にある心療内科。



病院名はご迷惑になったら悪いので載せられないのですが、山登りのプロでもある医師の方がされている病院です。「心療内科」「減薬」とかで検索したと思います。過去最悪のメンタル状態で「減薬」と検索していたところにヤブ医師たちの罪深さを感じますね。



東京の数多ある心療内科の中で、自宅から1時間近くかかるこの病院を選べたことは本当に幸運でした。


私は減薬で検索してたのですが、特に減薬ありきで治療する病院ではなかったので減薬する気が今のところない方も安心して続きをお読みください。


私が受けた診断は…(と言っても先生が「あなたはこの病気です!」バーンと明言したわけではなく、聞いたら答えてくれたり、後に転勤で引っ越す際に紹介状で見たのですが)概ね「社会不安障害」「境界性人格障害」「妄想傾向」と言ったものだったと思います。境界性人格障害は紹介状にあったかどうか定かではありません。(境界性人格障害と聞いただけで門前払いする病院もあるから?とか後に考えましたがよく分かりません) 


 診察の中で「私って境界性人格障害ですかね?」と聞いた時に「そうだね、ミドル級の」と言われました。妄想傾向については診察の中で言われたことはなかったので紹介状を見た時は衝撃で、妄想?!私が?!と思ったのですが、今思えば認知の歪みバリバリで被害妄想がすごかったです。当時はカウンセラーさんがそれをコツコツと直してくれたので、医師の先生からわざわざ指摘することはなかったのかもしれません。言われてたら不信感を抱いてたかも。


ではその病院(Y診療所とします)で受けた大まかな治療を説明します。BPDやそのほか人格に深く関わる精神疾患の治療の王道というか、これ以外では治せなくないか?というコースだと個人的には思います。



治療は二本柱で行われてました。


①医師による診察・処方の調節(めっちゃこまめ)

②カウンセラーによるカウンセリング


特にこの②がめちゃくちゃ大切だと思います。なぜなら、人格に深く関わる精神疾患を持ってる人は認知の歪みを抱えてる人が多く、それは丁寧なじっくりとしたカウンセリングで修正していくしかないからです。


医師は診察室で1時間トークしてくれませんよね?そもそもカウンセリングの専門的なスキルを持った医師がどの程度いるのでしょうか。また投薬のみでは精神の波の乱高下などを抑えることはできるかもしれませんが、根本的な認知の歪みを解消していないので投薬をやめれば元通り。

ガン患者に切除手術や放射線治療を行わずに鎮痛剤などの対処療法のみをしたりしませんよね。こんな単純なこと私みたいな素人でさえわかるのになぜ投薬のみの治療を行う精神科医がいるのかわかりません。ちょっと怒ってます。


当時私は金銭的に余裕があったわけではなかったのですが、Y診療所の医師は補助金制度を教えてくれ、確か何らかの理由を付けて割引もしてくれた上でカウンセリングを受けることを強く勧めました。カウンセリングを受けていなかったら絶対に私は回復していないので、ほんとに先生サンキューとしか言いようがないですし、当時の私よもっと真剣に受けろと言いたい。



すみません、まだ途中ではありますが、ここで一旦公開させていただきます。私Twitterとかしてるのですが、世の中クソみたいなメンクリ言って治らないで泣いてる方が多すぎで。とにかく

BPD及び根強い鬱など人格に深く関わってる疾患で通院中の方で投薬のみの治療を受けている人

今すぐ転院したほうがいいですよ!


ということを1日でも早く1人でも多くの方に伝えたくて公開します。支援くださった方の気持ちにも応えたく。

でもカウンセラーさんがいるとこでもカウンセラーさんの技術が微妙だったりするとこも山ほどあるんですよね。。うぅ…難しい。

とりあえずまだ続きもぼちぼち書きますので、良ければまた読んでください。ではとりあえず


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