見出し画像

角野栄子の伝説のデビュー作『ルイジンニョ少年』で胸が震えた

 『魔女の宅急便』や『アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけシリーズ』など、数々の名作を世に送り出してきた童話作家の角野栄子(かどのえいこ)さん。

54年前に「かどのえいこ」の名前で書かれた幻のデビュー作が復刊されているのをご存じだろうか。
 
ポプラ社の『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』という作品だ。

同著には、20代のころにブラジルに2年間暮らしたことがある角野さんの体験が散りばめられている。
 
ブラジルの空気感がプロジェクションマッピングのように脳裏に投影されていく、じつに躍動感のある文章で、デビュー作ということに腰を抜かした。
 
街の香り、空気、人と人の距離感、ドアの向こうから近づく打楽器の音……。これらを子どもにも伝わる平易な言葉で表現してしまうところがすごい。私は、友人を訪ねて1カ月間ブラジルに滞在したことがあるが「ああ、この感じ!」という描写に何度も巡りあった。
 
特に、ルイジンニョ少年がブラジルの踊りと日本の踊りに言及する場面では、なんだかぐっときてしまった。
 
以下、ルイジンニョと「えい子」のやりとりだ。

ルイジンニョ:
<「サンバはだれにだっておどれるようにできてるんだもの。パパイがはなしてくれたんだ。昔、ブラジルにポルトガルの王さまがいたころのはなしさ。大きな農場で、アフリカからつれてこられたどれいたちが、おまつりのとき、たいこをならしておどっていたんだって。農場主の白人は、じぶんの国、ポルトガルの歌をうたったんだって。そしたら、近くのジャングルじゃ、インディオがヤホーってさわいで、いつのまにか、みんないっしょになって、ブラジルにサンバができたんだって>

ルーツや肌の色に関わらず、多くの人がサンバステップを踏める理由を語るルイジンニョ。そして、えい子に問う。

ルイジンニョ:
<だけど、えい子の国じゃおどらないの>

えい子:
<「みんながみんなおどるわけじゃないけど、あることはあるわ。こんなのよ。えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、よいよい よいよい」>

<「プーシャ!いかすよ

ルイス(注:ルイジンニョの名前)はとびあがってよろこびました。そして、「よいよい よいよい。」とまねをはじめました。すぐおぼえてしまうと、とてもまんぞくそうに、「おなじだね。サンバのおどりとおんなじだ。

といいました>

「おんなじだね、サンバのおどりとおんなじだ」
 
この一言、心に染み入る。いい言葉だなぁ、と。
 
胸の中のエネルギーが体を突き動かし、それが身近な人に波及する。さらなる人を呼び、輪が大きくなっていく。
 
サンバだろうが阿波踊りだろうが、それは「おんなじ」なのだ。
 
昨今、日本の踊りは細分化され、型が固定化し、自信のない人練習していない人が輪から排除されがちだ。
 
だが、本来は、心にまかせてリズムに乗り、高揚と非日常感を共有するのが踊りなのだ。
 
『ルイジンニョ少年』は、心の中に爽やかな風が吹く一作。ルイジンニョとえい子の関係性の変化もすごくいい。
 
少し心が疲れやすい5月の1冊におすすめしたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?